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ウイルスうつしてやる男と、因果関係の存否

みなさん天機です。٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

今回は、ウイルスうつしてやる男と、因果関係の存否

について書いてみようと思います。

(この記事の字数は 約3700字)

 

 

 

新型コロナウイルスに関するニュースが、毎日ながれています。

 

そんななか、先ごろ、とんでもない男のことが報道されました。

 

 

 

その男は、新型コロナウイルスの検査で陽性となり、

行政から自宅待機を要請されていたにもかかわらず、

なんと、ウイルスをうつしてやるんだ!などと放言し、

実際にフィリピンパブなどに行って接客してもらった結果、

女性従業員の感染が発覚したらしいのですΣ(゚д゚;)

 

 

 

なんともひどい話です。

この男の行為は、当然、強い非難に値するでしょう。

 

 

 

さて、世間では、この男の行為を、

なんらかの犯罪行為に当たるとして処罰できないものか、

ということが議論されているようです。

 

 

 

考えられる犯罪としては、いろんなものがあると思いますが、

そのなかに傷害罪というのがあります。

 

簡単に言うと、

ひとを傷つけるという実行行為があって、

実際に被害者に傷害の結果が発生すれば成立します。

 

 

 

たとえば、今回のこの男の事例とすこし似ているかもしれませんが、

みずからがエイズに感染していることを知りながら、

それを黙して性行為におよび、相手方をエイズに感染させたひとが、

この傷害罪に問われた事例があるようです。

 

海外の事案だったような気もしますが。

 

 

 

では、今回のこの男も、

ウイルスを感染させてやるんだ!と放言して街中にとびだし、

実際にフィリピンパブの女性従業員が感染したという結果が発生した以上、

傷害罪の成立が認められるのでしょうか?

 

 

 

天機は大学で法学をまなんだことがあり、

つたない知識ですが、いちおう、自分で考えてみることにしました。

 

 

 

さて、日本では、罪となる行為とそれに対する刑罰は、

あらかじめ明確に法律でさだめておかなければいけない、という

罪刑法定主義がとられています。

 

その罪刑をさだめているものの1つが、刑法の各本条なのですが、

その各本条を構成している要素をこまかく分解したものを、

 

構成要件

 

といいます。

 

 

 

犯罪にあたるのかどうかの認定においては、

この、構成要件に該当しているかどうかを、ひとつひとつ確かめていきます。

 

かりに、どれか1つでも、構成要件に該当してはいない、となると、

それだけで犯罪は成立しない、とされてしまうものなのです。

 

 

 

さて、その構成要件を構成する要素の1つに、

 

因果関係

 

というのがあります。

 

この因果関係というのは、犯罪となる実行行為と、それによる結果とのあいだが、

ちゃんと線でつながっているかどうかを確認するための構成要件要素です。

 

いくら実行行為があって、また、結果が発生していたとしても、

因果関係が切断されていたら、構成要件要素が欠けているとして、

やはり犯罪は成立しないのです。

 

 

 

この、刑法上の因果関係というのは、

刑法では厳密に検討していきます。

 

 

 

まず、因果関係が存在するためには、その前提として、

 

条件関係

 

が存在しなければいけない、とされています。

 

 

 

条件関係というのは、単純にいうと、

 

あれなければ、これなし

 

という関係です。

 

 

 

なんのこっちゃ?と思われる方も多いと思いますので、説明しますと、

あれなければこれなし、というのは、

Aという実行行為がかりになかったならば、Bという犯罪結果は発生しなかっただろう、

という関係のことです。

 

 

 

もしかりに、Aという実行行為がなかったとしても

Bという犯罪結果は生じたのならば、実行行為と犯罪結果のあいだには

条件関係が存在しないことになります。

 

そして、刑法においては、条件関係がそもそも存在しない場合には、

それだけで因果関係の存在が否定されます。

 

その場合には、因果関係が欠けているということで、

犯罪は成立しません。

 

 

 

というわけで、条件関係が存在することは、刑法上の因果関係が存在することの

スタートラインなのですが、これだけでは、

まだ、因果関係が存在することにはならないのです。

 

刑法上の因果関係が存在するといえるためには、条件関係の存在にくわえて、

 

相当因果関係

 

が存在することが必要なのです。

 

 

 

相当因果関係。

 

耳慣れないことばですね。

 

じつは、これは、

その実行行為からその犯罪結果が生じることが、ふつうの一般人から見て、

おかしいものではないかどうか、

という基準をもとに判断されるものなのです。

 

 

 

というわけで、刑法で犯罪が成立するためには、因果関係が存在する必要が

あるのですが、

その因果関係は、条件関係の存在を前提にして、さらに、

相当因果関係まで存在することが肯定されて、はじめて認められるものなのです。

 

 

 

具体例でみてみましょう。

 

 

 

AさんがBさんをナイフで刺しました。

 

その傷は致命傷となるものではなく、病院できちんと治療を受ければ通常は

治癒するものであったのですが、

搬送されたさきの病院でたまたま火災があり、

火災報知器が運悪く故障していたために通報できず、消火活動が遅れたために、

Bさんは火災に巻き込まれて命を落としました。

 

 

 

この場合、AさんがBさんをナイフで刺突するという実行行為はあり、

また、Bさんの死亡という結果も発生しています。

 

ならば、殺人罪のようなものを成立させていいのでしょうか。

 

 

 

ここで、さきほどの因果関係が問題になります。

 

まず、AさんがBさんをナイフで刺さなければ、病院に担ぎ込まれることもなく、

火災に巻き込まれることもなかったでしょうから、

Aさんの実行行為とBさんの死という結果発生のあいだには、

条件関係の存在を肯定できます。

 

 

 

しかしながら、ふつうの一般人ならば、

傷が致命傷ではなく、病院にかつぎこまれたならば、

きちんと治療をうけて回復するだろうと予想するのが自然なはずで、

病院がなぜか火災に遭い、なぜか火災報知器が故障していて、

結果的に絶命してしまうなんていうのは、異常な因果経過によって

結果的に死が発生したものというほかなく、

一般人が想定する因果経過とはおおきくかけ離れたものになっているといえます。

 

 

 

したがって、この場合には、相当因果関係が切断されてしまっていると

評価できるので、ふつうに殺人罪を成立させることは、

できないということになります。

 

 

 

では話をもどして、コロナウイルスうつしてやる男と、

フィリピンパブ女性従業員の感染について、

傷害罪が成立するのかどうかを考えてみましょう。

 

傷害罪が成立するのには、これまで述べてきたように

因果関係の存在が必要なのですが、今回の事例では、どうでしょうか。

 

 

 

一見したところ、

男が、ウイルスうつしてやる!と叫んで街中にくりだし、

実際に女性従業員が感染しているという事実がある以上、

因果関係が肯定できそうにも見えます。

 

が、厳密に考えてみましょう。

 

 

 

因果関係が存在するためには、これまで見てきたように、まず、

条件関係が存在する必要があります。

 

あれなければ、これなし、という関係でしたね。

 

では、このウイルスうつしてやる男のとった行動と、

パブの女性従業員が感染したという事実のあいだには、

条件関係が存在するといえるのでしょうか。

 

 

 

これはそう単純ではないのです。

 

じつは、この、ウイルスうつしてやる男の、ウイルスうつしてやる行為が

なかったら、

女性従業員が感染しなかったのか、というと、

かならずしもそうとばかりは言えないからです。

 

 

 

さきに、自分がエイズに感染していることを黙して相手と性行為におよび、

結果的に相手にエイズを感染させたひとが傷害罪にとわれた例をあげましたが、

あれなんかだったら、話は単純かもしれません。

 

性行為はそう頻繁になされるものでもなく、

かりに被害者が、その加害者とだけしか性行為を直近におこなって

いないのならば、そして、

そのほかに性行為をおこなった相手方はみなエイズなんかには感染して

いないのならば、

エイズは加害者をつうじて感染したのだ、ということが明らかだからです。

 

 

 

でも、コロナウイルスはどうでしょうか。

 

 

 

コロナウイルスは、容易に空気感染します。

 

つい数か月前までの日本でならば、コロナウイルスの感染拡大などという

事態はまだ起こっていなくて、

存在自体がまれなウイルスでもありましたから、話はべつでしょう。

 

 

 

しかし現在では、感染経路が明確にはわかっていないかたちでの

市中感染がひろがっているとも言われています。

 

となると、今回のパブの女性従業員がコロナウイルスに感染したのは、

もしかしたら、

ウイルスうつしてやる男ではない、別の誰かから感染したかもしれず、

その可能性を排除できないことになります。

 

 

 

ということは、

ウイルスうつしてやる男の行為がなかったら、

女性従業員の感染がなかった、とはかならずしも言えないために、

条件関係が存在しないことになり、

そもそもの条件関係が存在しないために因果関係が否定され、

つまりは、傷害罪は成立しないことになるのです。

 

 

 

このように、

今回のこの男の行為は、非常に迷惑であり、強い非難にも値し、

また、業務妨害などの罪にはとえるかもしれないのですが、

傷害罪に問おうとすると、

上記のような難しさが存在すると、天機は考えます。