この世界の不思議

この世界のいろんなことについて、思ったことを書いていきます。

速読あれこれ

みなさん天機です。٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

今回は、速読について考えてみようと思います。

(この記事の字数は 約2100字)

 

 

 

皆さんは、速読をご存じでしょうか。

 

速読の訓練をしたことがある!

というひとは、いらっしゃるでしょうか。

 

 

 

速読というのは、その名の通り、

本とかを速く読めるテクニックのことです。

 

訓練すると、すごい速いスピードで

本とかが読めるらしいです((((;゚Д゚))))

 

 

 

天機は以前、学習効率を高めようと、

何度か速読にチャレンジしたことがあったのですが、

あまり真剣には取り組まなかったので、

ものになりませんでした・・・・

 

 

 

さて、速読をトレーニングする本というのは、

けっこう大きな書店に行くと、置いてあったりします。

 

 

 

しかし。

 

 

 

ここで注意がありますΣ(゚д゚;)

 

 

 

じつは、最近書店に置いてある速読の本というのは、

無駄な記述が多いことがよくあるのです。

 

 

 

速読の練習というのは、すごく簡単に言ってしまうと、

速読用のワークシートを眺めながら、

眼球を動かすトレーニングをすることなのです。

 

 

 

しかし、最近書店に並んでいる速読の本の多くは、

 

 

 

①この速読法を実践したらこんなに速く読めるようになりました、

 という体験談

 

か、

 

②速読を実践することでいかにビジネスや日常で有利になるか、

という記述

か、

 

といった、速読のトレーニングとはあまり関係のない無意味な記述

(それを読んでも自分の速読力が上がるわけではない記述)

が、本の大半を占めていて、

速読用のワークシートをほとんど載せていないような

速読本が、けっこうあるのです。

 

 

 

なぜ、そのような本が出回るのか。

 

 

 

その理由は、おそらく簡単です。

 

 

 

速読のトレーニングというのは、基本的に、

速読用のワークシートがあれば事足ります。

 

そのワークシートは、数枚ですみます。

 

 

 

でも、それだと、本にはなりませんよね(つд`)

 

 

 

そこで、本にするために、

無駄な記述でかさまししているのです。

 

 

 

なので。

 

 

 

天機が思うに、

速読の練習をするために、速読本をわざわざ買う必要は、

ないと思います。

 

速読のトレーニングのために、

教室に通ったり、講座を受講したりする必要もないでしょう。

 

 

 

では、どういうふうにすれば、

速読のトレーニングが簡単にできるのか。

 

天機の考えた方法は、以下のようになります。

 

 

 

まず、速読用のワークシートを、

ノートとかに自分でつくります。

 

 

 

たとえば、以下のようなものを描きます。

 

 

 

f:id:reasongomainstream:20200801113252p:plain

 

 

 

ノートの1ページを使って、

右端に縦1列、左端にも縦1列、

〇印を上の図のように並べて描きます。

 

そして、赤線の矢印のような順番で、

その〇印を高速で目で追っていくのです。

(赤線の矢印は目を動かす順番をしめしただけなので、

 ノートには描かない。描くのは、両端の〇印だけ)

 

 

 

これが、速読用ワークシートの一例です。

 

 

 

ほかにも、以下のようなワークシートがあります。

 

 

 

f:id:reasongomainstream:20200801114533p:plain

 

 

 

 

このワークシートの特徴は、簡単に言ってしまうと、

小説とかの文章の、文字の部分をぜんぶ、〇印に置き換えた

ようなものです。

 

使い方は、こんどは、

〇印を1つ1つ見ていくのではなくて、

〇印5つぶんとか、〇印8つぶんとか、

区切りまでの〇印をなるたけ1回で視界に入れるようにしながら、

何回もこのワークシートを繰り返し眺めていくのです。

 

 

 

このワークシートは、

パソコンでつくったほうが、いいのができるかもしれません。

 

〇〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇、

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇〇、

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇、

 

といった具合で打ち込んでいって、プリントアウト

すればいいでしょう٩(ˊᗜˋ*)و

 

この〇印を、かたまりで視界に入れるようにして、

どんどんとみていくのです。高速で。

 

 

 

〇印のところを◇にしたバージョンをつくってもいいでしょうし、

 

山山山山山、川川川川川川川、海海海海、

何何何何何何、化化化化化化化化化、

 

のようなものをつくってもいいでしょう。

 

 

 

つまり、こういうことです。

 

 

 

速読というのは、つまるところ、

文章を読もうとか、文字をきちんと把握しようとか

いうことではなく、

文字のかたまりを図形のように把握していく

レーニングなのです。

 

つまり、絵を見るような感覚で文章を読んでいくのが、

速読のトレーニングなのです。

 

 

 

このワークシートを数枚つくったら、

1日1分くらい眺めて練習します。

 

 

 

実際の本を使って速読の練習をするときは、

小学校低学年向けに書かれたような児童書や童話の

ようなものが、

速読の練習には向いていると思います。

 

 

 

文字が大きくて、すらすら読みやすい内容だからです。

 

 

 

最後に、速読の敵、のお話を。

 

 

 

じつは、速読には、敵がいます。

 

 

 

それは、音読です。

 

 

 

音読する習慣があるひとは、

速読に困難をおぼえるかもしれません。

 

 

 

実際に音読する習慣がなくても、

本とかを読むときに、その音声が脳内で再生されて

しまうような傾向があるひとも、

その脳内音声がスピードを遅くしてしまいます。

 

 

 

だからこそ、

音声の影響を受けないように、

速読ワークシートでは、

マークや記号のようなものを目で追っていくのですね٩( ๑╹ ꇴ╹)۶

 

 

 

以上、天機でした(*゚▽゚)ノ

吉村大阪府知事も正念場

みなさん天機です。٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

今回は、

吉村大阪府知事も正念場

というテーマで書いてみようと思います。

(この記事の字数は 約1500字)

 

 

 

コロナの感染拡大がつづいています。

 

 

 

世界では急速な勢いで感染がひろがっていますが、

一時期、おさまってきたように見えていた日本国内でも、

感染者数が急増しています。

 

 

 

天機の住んでいるのは大阪ですが、

その大阪でも、感染者が100人を超える日が

連続するようになってきて、

とうとう今日の感染者は200人を超えました((((;゚Д゚))))

 

 

 

われらが大阪のトップは、吉村大阪府知事です。

 

 

 

つい1か月ほど前でしょうか、

吉村さんは、独自の大阪モデルを発表したり、

さかんにマスコミに登場して会見をおこなったりして、

そのリーダーシップが高く評価され、

次期総理の呼び声もかかるようになったりしました。

 

 

 

しかし。

 

 

 

天機が思うに、

吉村さんが評価されたのは、もちろん、

その高い指導力もあったのでしょうが、

いちばんおおきな原因は、

緊急事態宣言の効果がでたために、

だんだんと感染者数が国内でも大阪でも

減少する時期にあたっていた、

というのが大きいのではないか、と思うのですね。

 

 

 

そのことが、吉村さんの積極的な姿勢とあいまって、

吉村さんのおかげで、

コロナもコントロール下におかれて、

経済再開への見通しもたってきた、

というように解釈された可能性があると思うのですよ。

 

 

 

ところが。

 

 

 

いま、緊急事態宣言をひっこめてしまった影響が

だんだんとあらわれてきていて、

大阪をはじめとした国内各地で

だんだんと感染者が急増し始めています。

 

 

 

となると、やはりといいますか、

吉村大阪府知事への風当たりも、

だんだん強くなっているようなのですねΣ(゚д゚;)

 

 

 

ことは、すごく単純なんです。

 

 

 

ものすごく吉村さんへの評価が高かった時期というのは、

コロナの感染者数がだんだん減少していく時期に、

たまたまあたっていたのです。

 

そして、いま吉村さんへの風当たりが強くなっているのは、

ずばり、

コロナの感染者数が増えているからです。

 

 

 

1か月前といまとで、彼自身はとくに変わりません。

その指導力やリーダーシップが変化したわけでもない。

 

 

 

変化したのは、コロナの感染者の数。

 

 

 

つまり、大阪の有権者をはじめとした多くの人間の声というのは、

 

コロナで結果をだせ

 

ということ。

 

そこしか見ていない。

 

 

 

きょうはとうとう、

日本全国でのコロナの感染者数が1000人を超えました。

 

これはすごいことだと思います。

 

 

 

なのに、吉村知事も、日本政府も、

まったくもってコロナと正面から向きあおうとしないのは、

ほんとうに不思議です。

 

 

 

吉村大阪府知事は、

経済が死んでしまっては、そっちのほうが悪影響が大きい、

と言う。

 

日本政府は、いまだに強盗キャンペーンを

つづけようとする。

 

ほんとうにおかしなことです。

 

 

 

経済というのは、簡単に言うと、

プラスを求める人間の活動の総体です。

 

それに対して、感染症対策というのは、

人間の社会におそいかかるマイナスに対して、

正面から取り組むことなのです。

 

 

 

どういうわけか、政府や政治指導者というのは、概して、

この、

プラスを求める活動にばかりご執心で、

すでに尻に火がついてしまっているかもしれない

喫緊のマイナスの存在には、

あたかもそれが存在しないかのように目をつむろうと

する傾向があるかのようです。

 

 

 

今回のコロナは、

この世界にマイナスが厳然として存在することを

この、自分たちの社会に真正面から突きつけてきている

ように感じます。

 

この課題に真正面から取り組まない限り、

コロナは自分たちの存在を誇示し続けるのではないか。

 

 

 

天機は、そういう気がしています。

 

 

 

以上、天機でした(*゚▽゚)ノ

ごちそうするときは、けちるなかれ

みなさん天機です。٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

今回は、

ごちそうするときは、けちるなかれ

というテーマで書いてみようと思います。

(この記事の字数は 約2200字)

 

 

 

みなさんは、だれかに食事をごちそうする機会というのが、

あるでしょうか。

 

簡単にいうと、めしをおごってあげる、

ということですが、

そういうことは、よくあるでしょうか。

 

 

 

天機の個人的なことをいうと、

あまり、だれかにめしをおごってあげたことは、

なかったりします。

 

むしろ逆に、天機のこれまでの人生というのは、

ひとからご飯をごちそうになってばかりの人生でした。

 

 

 

友人にごちそうになったり。

 

友人の家に遊びに行くと、

そこのおばさんが料理をつくってくれたり。

 

親戚のおじさんにごちそうしてもらったり。

 

バイト先の上司にごちそうしてもらったり。

 

 

 

ほんとに、いろいろです。

 

 

 

でも、世の中のおおくのひとは、

自分がごちそうする側にまわった、という経験も、

少なくないことだろうと思うのです。

 

 

 

そんなとき。

 

 

 

あなたは、どんなごちそうをしてあげますか・・・?

 

 

 

せっかくごちそうしてあげるのだから、と、

なんでも好きなもの頼みなよ、と、

奮発してあげるでしょうか。

 

 

 

それとも、

自分がお金を出すことには、

なんとなくしぶしぶ感があって、

安いものでも頼んでくれないかなあ、と思うでしょうか。

 

 

 

じつは。

 

 

 

天機はこれまで、いろんな本を読んできたのですが、

そのなかで、

他人に食事をごちそうするときに、

粗末な食事をごちそうするひと、

について書かれた本が何冊かありました。

 

 

 

そして。

 

 

 

どういうわけかはわからないのですが、

その、他人に粗末な食事をごちそうするひとというのは、

なぜか、

人生がうまくいかなかったりするのです。

 

 

 

その例をみていきましょう。

 

 

 

1つ目の例は、

幕末の官軍総司令官だった、大村益次郎というひとです。

 

 

 

かれは、粗食家でした。

湯豆腐なんかを好んで食べていました。

 

 

 

あるとき、美食家で知られる西園寺公望(さいおんじきんもち)が

彼の家を訪問するときがありました。

 

 

 

ところがやはり、といいますか、

大村益次郎はその客人である西園寺公望を、

湯豆腐でもてなしたのです。

 

 

 

西園寺公望は、嫌な顔をしたといいます。

 

 

 

その大村益次郎は、その後、暗殺されてしまいました。

 

 

 

2つ目の例は、

将棋の棋士だった、村山聖(むらやまさとし)というひとです。

 

 

 

かれはあるとき、いまをときめくスター棋士羽生善治

食事に招待する機会がありました。

 

 

 

ところが村山さんは、

羽生さんは普段からいいものを食べつけているだろうから、

という理由で、

貧相な安定食屋さんに連れていき、

質素な焼き魚定食をごちそうしたのです。

 

 

 

その村山さんは、

のちに持病のため、20代の若さで亡くなりました。

 

 

 

3つ目の例は、鈴鹿イチローというひとです。

 

 

 

このひとは、AV業界のイチローのように

大物になるんだ、という理由で、

自分の芸名を鈴鹿イチローと決めて、

AV男優になったひとです。

 

 

 

でも、容姿にあまりめぐまれなかったために、

いつも端役(はやく)のような役しかまわってこなかったといいます。

 

 

 

あるとき、

この鈴鹿イチローさんの地元に、

AVプロダクションの上司にあたるひとが、

遊びに訪れたことがありました。

 

 

 

その上司は、鈴鹿イチローさんに、

「飯をおごれ」と命じました。

 

 

 

飯をおごれ、という上司もどうかとは思いますが。

 

 

 

鈴鹿イチローさんも、日ごろの鬱憤があったのかもしれませんし、

あるいは、日ごろから質素倹約をむねとしていたのかもしれません。

 

 

 

鈴鹿イチローさんは、その飯をおごれと命じてきた上司を、

近所の立ち食いそば屋に連れていき、

その上司になにを頼むかも聞かずに、

かけうどんを注文してその上司に食べさせました。

 

 

 

その後、その鈴鹿イチローさんは、

人生がうまくいかなくなって、飛び降り自殺をしました。

 

 

 

どうでしょうか。

 

 

 

ほんとうは、この3人の例をだすのは、

気が引けるところもありました。

 

人間的にはもしかしたら、

素晴らしい人物だったかもしれないのに、

このように取り上げることで、

なんだか、死者に鞭打つような感じもしないでもないからです。

 

 

 

でも。

 

 

 

ひとに食事をあたえるときに、

粗食をごちそうしてしまうと、どういうことになるのか、

ということを、

読者のみなさんに知ってほしいという気持ちもあったのです。

 

 

 

もちろん、ここにあげた3人の例だけをもって、

 

粗食を他人に食わせると早死にする

 

のような法則性があるとは断言できません。

 

 

 

しかしながら、

食い物の恨みはおそろしい、とも言いますし、

食事と運勢に密接な関係がある、という話もあったりします。

 

 

 

粗食は、

自分で食べるぶんには、なんの問題もないのです。

 

 

 

健康志向のひともいるでしょうし、

ダイエットしたいひともいるでしょうし、

質素倹約をモットーとしているひともいるでしょうから、

自分が食べるときには、べつに粗食でもいいでしょう。

 

 

 

ただ。

 

 

 

他人に食事をごちそうするときに、

粗食を食べるのを相手に強要すると、

自分の運勢をもしかしたら、

おおきく損なうことになるのではないか。

 

 

 

天機はなんとなく、そんな気がしたのですね。

 

 

 

しかし、逆に言うと、これはおおきなチャンスで、

もし、他人に食事をごちそうする機会があったなら、

奮発して美味しい食事をごちそうしてあげるようにすれば、

自分の運勢におおきなプラスになるのかもしれない。

 

 

 

そう、天機なんかは思うのですね。

 

 

 

以上、天機でした(*゚▽゚)ノ

感想戦で強くなる

みなさん天機です。٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

今回は、感想戦で強くなる

というテーマで書いてみようと思います。

(この記事の字数は 約1700字)

 

 

 

将棋の藤井聡太さんの快進撃が話題になっています。

 

 

 

じつは、天機も将棋を指します٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

将棋の上達法には、いろんなものがあります。

 

 

 

実戦を数多く指したり。

 

詰将棋を解いたり。

 

棋譜並べをしたり。

 

定跡を研究したり。

 

本を読んだり。

 

 

 

いろいろなのですね٩( ๑╹ ꇴ╹)۶

 

 

 

そのなかに、

 

 

 

感想戦をする

 

 

 

というのがあります。

 

 

 

感想戦というのは、将棋を知らない人には聞きなれない言葉です。

 

 

 

じつは、将棋を指し終えたあとに、

ここはこうすればよかったんじゃないか、とか、

こんな手もあったよね、とか、

対局を終えた勝者と敗者が、

一局の将棋を並べなおして振り返ることをいいます。

 

 

 

この感想戦

 

 

 

とりわけ、敗者にとっては、つらい作業です。

 

 

 

だれだって、自分が負けた将棋なんかは、振り返りたくない。

 

 

 

でも、強くなった人(おそらくは、藤井聡太さんも)はみな、

感想戦をやることで、強くなっていったと言われているのですね(*゚▽゚)ノ

 

 

 

感想戦は、ネットで将棋を指したり、

コンピュータと対戦したりしたときにも、できるものです。

 

 

 

コンピュータ将棋なら、一手目から棋譜を振り返る機能が

ついていることが多いので、

それで巻き戻しながら、自分の手を振り返るのです。

 

 

 

自分もふくめて、往々にして人間は、

自分が勝った将棋は得意になって振り返りたいものですが、

負け将棋は、むかついてくるので、

振り返りたくないものです。

 

 

 

でも、そこを振り返ると、強くなるのですね( *´艸`)

 

 

 

ここでふと思うのですが、この、将棋の感想戦という

考え方は、

将棋以外の多くの場面でも、使えそうな気がします。

 

 

 

たとえば自分は中学生や高校生だったとき、

学校で定期テストがあると、

がむしゃらに勉強していました。

 

 

 

社会なんかは、重箱のすみをつつくような、

マニアックな知識までおぼえたりしたものです。

 

 

 

でも、よく考えてみれば、

テストが終わった時に、

あー、終わった、と、

それで終わりにしてしまうんではなしに、

もう1回、テスト見直しという「感想戦」をして、

自分が間違えたところだけでなく、

先生は教科書のどういうところから問題をつくるくせがあるのか、

といったことを分析してみれば、

そのつぎはテスト対策も楽になったかもしれませんよね。

 

 

 

試験に関してこういった「感想戦」をおこなうことは、

天機の受験した司法試験では、

実際によくおこなわれていましたΣ(゚д゚;)

 

 

 

司法試験には、論文試験というのがあるのですが、

その論文試験を受け終わった受験生が、

まだ答案を書いた記憶のさめやらぬうちに、

もういちど、再現答案をかいてみる、ということをやるのです。

 

 

 

もう試験は終わっているのだから、ふつうは、

そんなめんどくさい作業、だれだってやりたくないでしょう。

 

 

 

ですが、自分がその年の論文試験に不合格だった場合、

司法試験委員会から成績通知がきます。

 

憲法はA、民法はB.商法はF、といったぐあいに、

科目ごとの成績がかえってくるのです。

 

 

 

そのときに、もし再現答案を自分がつくっておいていれば、

成績と照らし合わせて、

どういう答案を書けば高評価がもらえるのか、

一目瞭然になります。

 

 

 

というわけで、

しんどいけれど、再現答案を作る者は合格に近づく、

なんて、司法試験受験界では、言われていたのですね٩( ๑╹ ꇴ╹)۶

 

 

 

これは、いろんな場面で応用が利くのではないでしょうか。

 

 

 

たとえば、パチンコ、パチスロ、あるいは、

競馬、競艇、競輪といったものでも、

自分の賭け方とその結果をふりかえってみれば、

もしかしたら、ある種の法則性のようなものが見つかって、

勝ちやすくなるかもしれない。

 

 

 

あるいは、人生のいろんな場面で、

自分が失敗したことのデータをノートとかにまとめて

あとから振り返れば、

だんだんとミスは少なくなっていくかもしれない。

 

 

 

というわけで、

感想戦というのは、あまりやりたくないものですが、

人生のいろんな場面で効果を発揮してくれるのではないだろうか、

なんてことを考えていましたლ(╹◡╹ლ) 

 

 

 

以上、天機でした(*゚▽゚)ノ

藤井棋聖の誕生にみる、新時代の到来

みなさん天機です。٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

今回は、

藤井棋聖の誕生にみる、新時代の到来

というテーマで書いてみようと思います。

(この記事の字数は 約3000字)

 

 

 

f:id:reasongomainstream:20200717104045p:plain

 

 

 

昨日、将棋の棋聖戦第4局がおこなわれ、

挑戦者の藤井聡太七段は、渡辺棋聖をやぶって、

初のタイトルである棋聖位を奪取しました٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

これが、どれくらいすごいのかというと。

 

 

 

なんと、

藤井聡太七段の、17歳11か月での初タイトル獲得は、

史上最年少記録になるのですΣ(゚д゚;)

 

 

 

これまでの初タイトル獲得の最年少記録は、

1990年に屋敷伸之さんが達成した18歳6か月でした。

 

その記録を、30年ぶりに更新したことになります。

 

 

 

藤井聡太さんには、驚かされることが多いですね。

 

 

 

何年か前でしたか、

藤井聡太さんは、公式戦29連勝という前人未到の記録を

うちたて、

それもたしか、

30年ぶりくらいの記録更新だったように覚えています。

 

 

 

これは将棋界の話題ですが。

 

 

 

時代が変わり、

あたらしい時代が幕を開けるときというのは、

ニューヒーローが颯爽と登場し、

古い時代に引導をわたすものなのかもしれません。

 

 

 

おもえば、いまから30年ほど前。

 

 

 

平成のスタートとともに、

その繁栄の黄金時代をスタートさせたのは、

将棋界では、羽生善治さんでした。

 

 

 

1996年でしたっけ。

たしか羽生さんは、前人未到の7冠制覇という

偉業をやってのけ、

日本中が羽生フィーバーに沸いたことを、おぼえています。

 

 

 

そして、そこから30年間ほど、

ほぼほぼ、平成という時代と歩調をあわせるように、

羽生さんの黄金時代はつづいたのです。

 

 

 

ところが。

 

 

 

去年でしたか、

そんな羽生さんが、たぶん27年ぶりくらいに、

無冠に転落し、

以後、羽生九段と名乗られるようになりました。

 

 

 

そんな羽生さんの衰退と、

ちょうど入れ替わるように、

将棋界に流星のようにあらわれたのが、

藤井聡太棋聖なのです。

 

 

 

ものすごくシンプルに言ってしまうと、

平成というのが羽生さんの時代だったとしたら、

令和というのは、

藤井さんが拓く(ひらく)ような、

そんな新時代になりそうな予感がします。

 

 

 

これはもちろん、将棋界のお話です。

 

 

 

ただ、じつは、ここ最近、ここ数年といってもいいでしょうか、

これまで十数年、あるいは、数十年、

つづいてきたような、

おおきな時代の流れが、

地響きをたてて変わろうとするような、

そんな兆候が、世の中の各所に出始めているのです。

 

 

 

そのことについては、

以下のようなブログ記事を以前、書いたこともあります。

 

 

 

reasongomainstream.hatenablog.com

 

 

 

reasongomainstream.hatenablog.com

 

 

 

簡単に説明すると、こういうことです。

 

 

 

平成という時代がはじまったのは、

いまから30年くらいまえのことですが。

 

 

 

その平成という時代のスタートとともにその発展がはじまり、

平成という時代と歩調をあわせるように、

繁栄を謳歌した、ひとや組織。

 

 

 

あるいは、平成という時代のちょうど真ん中あたりといえば、

2003年ごろですが。

 

 

 

その2003年ごろから発展がはじまり、

やはり、つい最近まで絶好調がつづいた、というような、

そんなひとや組織。

 

 

 

そういったひとや組織が、

ほんの数年前から、なんだか世の中のいろんなところで

変調をきたすようになって、

なんだかうまくいかなくなっているのです。

 

 

 

図解すると、以下のような感じです。

 

 

 

f:id:reasongomainstream:20200717104643p:plain

 

 

どうしてそういうことになっているのかは、

自分にもはっきりとしたことは、わかりません。

 

 

 

でも、どういうわけなのか、

平成という時代に非常にうまくいって、

発展繁栄を謳歌してきたような、そんなひとや組織が、

とりわけ、令和という時代が本格的にはじまりだしたあたりから、

つぎつぎと、調子が悪くなっているようなのです((((;゚Д゚))))

 

 

 

もしかしたら。

 

 

 

時代の風向きというのが、おおきく変わってきたのかもしれません。

 

 

 

つまり、こういうことです。

 

 

 

平成という時代には、1つのおおきな時代の風がふいていました。

 

それは、あるひとびとにとっては、

非常に発展や繁栄を後押ししてくれるような風でした。

 

 

 

ところが、平成が終わり、令和がはじまるようになって、

世の中には、

平成のときに吹いていたような、おおきな時代の風がぴたりとやみ、

あたらしい、令和の時代の風がふくようになったのです。

 

その変化によって、

平成の時代に発展や繁栄を謳歌していたひとたちは、

平成の時代には受けていた風の後押しを受けることが

できなくなったのです。

 

 

 

自分はこの現象を、

赤い旗と白い旗でたとえることがあります。

 

 

 

ある時代がはじまったときに、

世の中全体の風向きを決めるような、

そんな山の頂に、

これからの時代は赤だ、

とでもいうような、おおきな旗がひるがえりました。

 

 

 

f:id:reasongomainstream:20200717105459p:plain

 

 

 

すると、その世の中にふくおおきな風は、

個々人の運勢にも影響をおよぼすことになり、

世の中のひとびとは、つぎのようになります。

 

 

 

f:id:reasongomainstream:20200717105618p:plain

 

 

 

この時代が、しばらく続きます。

 

赤は、いまが人生の春だ、とばかりに繁栄を謳歌します。

 

書店には、成功するのは赤だ、とか、

なぜ赤い人は成功できるのか、とかいった本がならびます。

 

 

 

ところが。

 

 

 

時代がかわるときが訪れます。

 

 

 

あるとき。

 

 

 

ひっそりと、あまりひとに気づかれることなく、

あの、おおきな山の頂にある旗の色が変わるのです。

 

 

 

f:id:reasongomainstream:20200717105851p:plain

 

 

 

山頂には、これから白い時代があらたにはじまることを告げる

旗がひるがえりました。

 

 

 

すると、世の中はだんだんとこうなっていくのです。

 

 

 

f:id:reasongomainstream:20200717110032p:plain

 

 

 

おおざっぱに図解してみましたが、

いかがでしょうか。

 

 

 

おおきな時代の風というのは、

数十年くらいで、その風向きを変えることがあるように思います。

 

風向きがかわると、

あるひとや組織にとっては、

それまで後押しを受けていた風がなくなって、

だんだんと調子がわるくなる、ということも、あるかもしれません。

 

 

 

ただ。

 

 

 

ここでたいせつなのは、

風向きがかわることは、

かならずしも悪い事とは、かぎらないということなのです。

 

 

 

うえの、赤い旗と白い旗の例でいえば。

 

 

 

山頂の旗が赤から白に変わった時、

たしかに、それまで笑っていた赤い旗を持った人たちは、

一転してこんどは泣く側になりました。

 

 

 

しかし、考えてみれば、

山頂の旗が赤から白に変わったことによって

あらたに笑う側となった、

白い旗を持ったひとたちというのは、

赤が全盛期だった時代には、泣いていたひとたちなのです。

 

 

 

ということからすれば、

いつまでもおんなじ人や組織が永遠に笑い続けたり、

いつまでもおんなじ人や組織が永遠に泣き続けたりするよりかは、

時代の風向きの変化によって、

ときには立場が入れ替わることもある、というほうが、

公平でもあり、好ましいものだと、

天機なんかは考えるのですね٩( ๑╹ ꇴ╹)۶

 

 

 

ともあれ、

日本では令和という新時代がはじまりました。

 

また、世界全体でみても、

コロナという、これまで想定していなかったような、

あらたな時代を人類はむかえています。

 

さらにいえば、西洋占星術では、

ことしの12月に風の時代があらたにスタートするという、

数百年ぶりの入れ替わりイベントがあります。

 

 

 

時代はおおきく変わろうとしているようです。

 

 

 

今回、将棋界で、

あらたに藤井時代とでもいえそうな、

新時代がはじまろうとしていることは、

世の中にもあたらしい時代が到来しようとしていることの、

1つのあらわれなのかも、しれません。

 

 

 

以上、天機でした(*゚▽゚)ノ

論説文と会話文

みなさん天機です。٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

今回は、論説文と会話文、

というテーマで書いてみようと思います。

(この記事の字数は 約2600字)

 

 

 

f:id:reasongomainstream:20200712100627p:plain

 

 

 

論説文と会話文。

 

 

 

文章の表現のかたちには、いろんなものがありますね。

 

 

 

小学校や中学校では国語があったし、

高校でも現代文があります。

 

これまでわたしたちは、

いろんなかたちの文章表現に接してきたと思います。

 

 

 

そのなかに、

論説文といわれる文章と、会話文といわれる文章があります。

 

 

 

論説文というのは、筆者になにか論じたいテーマがあって、

それを論理的な文章でもって書き、

読者を説得しようとする文章なのですね٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

いっぽうで会話文というのは、おもに、

小説とかででてくる文章で、

おたがいの会話によって進められていく文章のことです。

 

 

 

じつは天機は、このうちの、

論説文を書くのは得意なのですが、

会話文をつくりだすのが、非常に苦手なのです(つд`)

 

 

 

天機は大学受験のときに、

論文形式の受験で合格したほど、

論説文については得意意識があります٩( ๑╹ ꇴ╹)۶

 

 

 

いっぽうで、

会話文を主体にした小説を書け、と言われたら、

いったい何を書いていいのやら、

途方に暮れてしまう自信があるのですね(*゚▽゚)ノ

 

 

 

この原因はなんなのだろう。

 

 

 

天機は原因を考えていました。

 

 

 

1つ思いつく原因としては、

これまで天機があまり、そういった

小説などの創作活動になれていない、ということがあります。

 

また、普段からひとと会話することがすくないので、

会話を思いつきにくい、

ということもあるでしょう。

 

さらには、天機は自分を出すのをはばかるところがあるので、

創作しようとすると、

照れたり、恥ずかしがったりして、

うまく書けない、というのもあるかもしれません。

 

 

 

しかし。

 

 

 

単に会話文を主体とした小説を書けない、

ということではなくて、

 

 

 

論説文だと書けるのに、会話文だと書けない

 

 

 

という天機の性質を考えてみた時、

じつは、

 

 

 

他人を介在させるのを嫌っているのではないか?

 

 

 

という、天機の性格のおおきな欠点のような

ものを感じるのですねΣ(゚д゚;)

 

 

 

論説文というのは、基本的に、

自分の言いたいことをだーっと言ってしまって、

それでもって相手を論駁(ろんばく)してやろうという

性質をもっています。

 

言ってしまえば、1つのオナニーのようなものかもしれません。

 

 

 

論、という言葉からは、

甲論乙駁、討論、論争など、

戦いや争いに関係する言葉も、けっこうでてきます。

 

法廷であらそう弁護士なんかは、

さかんに論じ合いますよね。

 

 

 

自分が論理的な文章を書く時にも、じつは、

反論する相手を徹底的にやっつけてやろう、

という意識が、

どこかで働いているのかもしれません。

 

 

 

じじつ、

たとえば天機が、ブログでなにか論理的な文章をかくとき、

えてして、

文章が非常に長いものになりがちです。

 

 

 

それはつまりは、

相手側の反論も事前に考えて、

そんな反論をすら打ち破るような論理構成を

その文章中に盛り込もうとするから、

だんだんと文章のボリュームが大きくなってくるのかも

しれないのです((((;゚Д゚))))

 

 

 

これは、読む人にとっては、

ふむふむ、たしかに説得力があるなあ、とか、

きちんと反論の可能性についても目配りされているなあ、とか、

好意的に受け取ってもらえる可能性も、あるかもしれません。

 

 

 

しかし、じつは、それというのは、

天機の論理性や客観性が、

ポジティブなかたちで表出したものであるばかりでなく、

 

 

 

他人なんかいらないや

 

 

 

という、天機の性格のある種の病的な性質が、

漏れ出たものであるかもしれないのですね。

 

 

 

この、他人なんかいらないや、という考え方は、

1つの自己完結をうみだします。

 

なんでも自分1人で完結してしまい、

そこに他人の介在する余地がなくなる、ということです。

 

 

 

そうなると、どうなるかといえば、

他人といっしょに作り上げていくような、

いわば1つの、

 

 

 

共同作業

 

 

 

のようなものが、ことごとく苦手になっていく、

ということとして、あらわれてくるのですねΣ(゚д゚;)

 

 

 

たとえばそれは、

2人の会話で織り成していく、会話文を創作するのが

苦手、ということになってあらわれてきます。

 

また、

2人で愛情をつむいでいく恋愛とかも苦手になってきます。

 

さらには、

お互いが相手の出方を読みあい、はかりあう

ことが必須の呼吸となるような、

スポーツとか、囲碁将棋とか、

そういった勝負事全般も、弱くなってしまうのです((((;゚Д゚))))

 

というのも、戦いもまた、

それに勝利するためには、

自分の主張だけを通そうと思っては、

なかなか勝てないからです。

 

 

 

と、このように、

自分のブログの文章が長いこと、

やたら論理的すぎること、

論理的な文章を書くのは得意だけど、

会話文はてんで苦手であること、

などの深層にあるものを掘り下げていくと、

じつは、

 

 

 

自分1人で完結していればいいんだ

他人なんかいらない

 

 

 

というような、

広言するのをはばかられるような、

自分の性質があぶりだされてくるようにも思いました。

 

 

 

じゃあ、結局どうすればいいんだ?

ということなんですが。

 

 

 

いままでそうやって自己完結をなりわいとしてきた人間が、

いきなり他人と共同してわいわいやっていこう!

というのも、なんだか無理があるような気がします(>_<)

 

 

 

だから、一歩ずつ、すこしずつ、

すすめばいいと思うのですが、

その第1歩は、

 

 

 

他人を介在させる余地をすこしのこしてみる

 

 

 

ことかもしれません。

 

 

 

つまり、文章で言えば、

徹頭徹尾、自分の論だけで最後まで突っ走り、

やたら長い長文を書くのではなく、

相手を徹底的に論駁したい気持ちをすこし、

ひかえめにしておいて、

相手の反論の余地をすこしのこしておく、

ということです。

 

 

 

今回は、このように、自分の性質について分析してみました。

 

 

 

ところで、自分と似たような性質を持つ人間が、

世の中にどれだけいるのかは、わかりません。

 

 

 

ですが、

なんとなく自分は孤独だなあ、とか、

他人が寄ってきてくれないなあ、とか、

そういった孤独感を感じているひとというのは、じつは、

ある種の自己完結をなりわいとしているために、

他人が寄り付きにくいのかもしれない、

と自分なんかは思ったのです。

 

 

 

もし、そういった症状を改善したいのならば、

他人もまた息をつけるような余地を、

自分の中から消さないようにすることが

いいんじゃなかろうか、と、

天機は自戒をこめて思いました。

 

 

 

以上、天機でした(*゚▽゚)ノ

 

 

ブロガーバトンがやってきた

みなさん天機です。٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

今回は、

ブロガーバトンがやってきた

というテーマで書いてみたいと思います。

(この記事の字数は 約3700字)

 

 

 

きのう、自分のブログにとるてさん(id:torute3)さんから

IDコールがあり、

ブロガーバトンというのがまわってきました!٩( ๑╹ ꇴ╹)۶

 

とるてさん、ありがとうございます٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

とるてさんは、天機が長いことやりとりさせていただいている

ブロガーさんで、

うつ病の体験記から、ゲームのお話、旅行記

そして最近までは婚活のお話など、

もりだくさんでとても面白い内容のブログを運営されています

٩(ˊᗜˋ*)و

 

天機はこのとるてさんのブログ記事のなかの、

ストレスに対処する心のもちかた、のような記事で、

ずいぶん救われた記憶があります。

 

 

 

www.torute3.com

 

 

 

さて、このブロガーバトンなんですが、天機は、

とるてさんからまわってきたことで、

はじめてその存在を知りました(^_^;)

 

世の中の動きになにかとうとい天機ならではですね(((゜Д゜;)))

 

 

 

以下のようなフォーマットに打ち込んでいくようです。

 

 

 

f:id:reasongomainstream:20200704094336j:plain

 

 

 

 

なるほど・・・これにうちこんでいくのね・・・

と思ったのですが、これが意外と簡単ではなかったりするのです((((;゚Д゚))))

 

でも、なんとかやってみましょう。

 

 

 

f:id:reasongomainstream:20200704121025j:plain



 

 

と、このような感じになりました・・・・٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

天機は最初、どうやってこのhiyapaさん作成のフォーマット(画像)

に文字をうちこんでいくのか、

ぜんぜんわかりませんでした。

 

それで、ネットでいろいろしらべて、

なんとかつぎのような方法でつくりました。

 

 

 

まず、このフォーマットを左クリックで指定します。

 

そして、つぎに右クリックし、

メニューの中から名前をつけて保存をえらびます。

 

そのつぎに、パソコンでやっているひとは、

ウインドウズ10ならば、

ペイント3Dというお絵かきソフトを起動します。

 

そのなかの、ファイルを参照というところを押します。

 

フォーマットをとりこんだところで、

テキストという文字入力のためのやつを押します。

 

それで文字を入力していきます。

 

左上の画像をはりつけるボックスには、

ペイント3Dのなかの、ステッカーというのをつかって、

すきな画像をいれます。

 

 

 

こんな感じですかね。

 

スマホだと、もうちょっと簡単に入力できるのかな?

 

 

 

さて、天機のブログなんですが。

 

 

 

いちばん古い記事は、こんなのですかな。

 

 

 

reasongomainstream.hatenablog.com

 

 

 

このはてなブログは、2017年2月7日にスタートしているのですね。

たしか、晩の9時頃だったかな?

いちばん最初の記事をアップしました。

 

 

 

どうして、その年月日と時間をえらんでスタートしたのか、

というと、

それが西洋占星術的に、

すごくいい日時だったからなのですね( *´艸`)

 

 

 

じつは天機は、はてなブログを始める前のこと、

2010年から2015年くらいまで、

アメブロをやっていました。

 

ところがそのアメブロは、

あんまりぱっとしなかったのですね。

 

 

 

ぱっとしなかった理由はいろいろありますが、

あとからアメブロを始めた年月日をしらべてみると、

西洋占星術的にあまりよろしくない日時で

スタートしてしまっていたのです(つд`)

 

 

 

それで、はてなブログをスタートする時には、

きちんとラッキーな日時をえらんでスタートしようと

思ったのです。

 

 

 

それが功を奏したのか、

はてなブログでは多くのみなさんとの交流もできて、

とても楽しい時間をすごせています٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

ではつぎに。

 

 

 

天機が一番気に入っている力作は、

つぎの記事です。

 

 

 

reasongomainstream.hatenablog.com

 

 

 

これは20000字くらいある超大作なのですが、

正直、読み返してみると、

非常に理屈っぽくて読みづらい(^_^;)

 

 

 

しかし、この天機のブログをよくあらわしている

記事だと思います。

 

 

 

■ 天機のブログ歴

 

先ほど述べましたように、

天機ははてなブログをはじめるまえに、

アメブロでも雑記ブログをやっていました。

 

なので、

アメブロで5年くらい、はてなブログで3年5か月、

通算ですと8年以上はブログをやっていることになりますねლ(╹◡╹ლ) 

 

 

 

■ 天機という名前について

 

天機というのは、紫微斗数という東洋占術にでてくる

星の名前なのですね。

 

天機星という星があるのです。

 

この天機星というのは、智恵にすぐれていて、

天の機密をさぐろうとしたりするらしいですΣ(゚д゚;)

 

天機は、紫微斗数で自分をうらなったときに、

この天機星の影響がとても強い生まれであったのと、

天機星の性質がこのブログの趣旨によく合っていることから、

これを名前にしました。

 

 

 

■ 更新や記事数について

 

天機の更新は、不定期です。

 

とくに、いつ更新するか、決めているわけではありません。

 

ほんとうは、毎日とか、定期的に更新できればいいのですが、

天機はぐうたらなので、

なかなか、自分で決めたその基準を守れないような気がします(;^ω^)

 

 

 

なので、更新しないときは、

数十日くらい、あいてしまうこともありますね。

 

そんななかでも、

天機のブログを忘れずにやってきてくださる読者のみなさまには、

感謝の気持ちでいっぱいです٩(ˊᗜˋ*)و

 

現在400記事くらいあるのですが、

1000記事くらいをまず目標にして、

これからも書いていきたいですね。

 

 

 

■ このブログのジャンルについて

 

雑記ブログです。

 

中心となるテーマは、この世界の不思議について

独自説を発表していくことなのですが、

それ以外にも、時事問題とか、世の中のこと、

日常で自分が思ったことなどを、

とくに限定することなく、いろいろと書いています。

 

 

 

■ ブログをはじめたきっかけ

 

ふむむ。

 

なんでしょうかね。

 

最初にアメブロをはじめたときには、

自分の思ったことを適当に世の中に発表しよう、

くらいの気持ちでした。

 

 

 

じつは、アメブロでは、

この世界の不思議についての、

自分の特殊な考えを開陳するというのは、

まだ、やってなかったのですね。

 

 

 

世の中のこと、森羅万象についての、

天機独自の奇妙な考えというのは、

いまから20年ほど前の、

大学時代にその萌芽があります。

 

 

 

天機はその当時、一人暮らしをしていました。

 

あまり人と交流することもなく、

部屋で1人でいることが多かったのですが、

そんななかで、

雑記帳というノートに、

自分の思ったことや考えたことを記していく、

というのをやっていたのです。

 

 

 

その雑記帳には、最初は、

自分のこととか、世の中のこととか、

いろいろ書いていたのですが、

だんだんとそのうち、

森羅万象の背後にあることまで思考が及ぶようになってきました((((;゚Д゚))))

 

 

 

人間、あんまり1人でいることが長いと、

頭がおかしくなってくるのかもしれません。

 

 

 

そんなこんなで、

そういった変な思考というのは、

それから20年ほどもつづいて、現在に至るわけです。

 

 

 

この変な世界は、

最初は世の中に発表するつもりはさらさらなく、

自分だけの秘密にしておくつもりでした。

 

 

 

でも、このはてなブログをはじめるときに、

この自分の特殊な世界を世の中に開陳してみたら、

どんな反応が返ってくるだろう??

と、すこし興味がでてきて、

それで発表してみようと思ったのですね(*゚▽゚)ノ

 

 

 

■ このブログの今後

 

今後もおなじようにマイペースで、

自分の思いついたことを書いていきたいと思っています。

 

 

 

さて。

 

 

 

このブロガーバトンをだれにわたそうか、

ということなのですが、

自分が大好きなブログのなかから、

以下のかたにお願いしようと思います( *´艸`)

 

 

 

漆うしる(id:UrushiUshiru)さん

 

とても魅力的なイラストを描かれるかたで、

可愛くて楽しいキャラクターがいっぱいです。

 

その可愛らしいキャラクターの中には、

けっこう凶暴な人格の持ち主もおおく、

うしるさんはよく刺されたりしています((((;゚Д゚))))

 

綺麗な写真がふんだんに散りばめられた温泉旅行記

たのしいです。

 

いつもありがとうございます٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

ヒダマル(id:hidamaru)さん

 

甥っ子さんとの楽しいやり取りや、

ポケモンのこと、デジモンのことなど、

楽しい記事をあげていらっしゃいます。

 

小説の大賞に応募して1次審査?2次審査?

を通過したという、かなりの実力者でもあります。

 

天機はヒダマルさんの記事の中の、

ときどき掲載される、世の中に対する鋭い批評が好きです。

 

いつもありがとうございます٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

肉q(id:Nickq)さん

 

信じられないような数奇な人生経験をおもちのかたで、

ほんとうにびっくりさせられます。

 

賢いだけでなく、優しい方でもあります。

 

いまは精神科医をされていますが、

いつも患者さんへの視線があたたかいです。

 

いつもありがとうございます٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

 

以上のお三方、

もしよろしければ、ブロガーバトンを

よろしくお願いします・・・・(#^^#)

 

もちろん、ご負担であれば、

スルーなさってくださってぜんぜんかまいません٩( ๑╹ ꇴ╹)۶

 

 

 

以上、天機でした(*゚▽゚)ノ