この世界の不思議

この世界のいろんなことについて、思ったことを書いていきます。

やっぱり本業がたいせつ。

こんにちわ。天機です。

(今回の記事 約1600字)

 

 

 

きのうは、イチローが事実上の引退になる、という衝撃的なニュースが

とびこんできました。

 

ひとつの時代の終わりのような感じもしますね。

 

 

 

このニュースに接して、ふと思ったのは、

「やっぱり、本業というのがたいせつなのだな」

ということです。

 

 

 

たとえば、最近メジャーデビューした大谷翔平選手。

 

彼については、さわやかな笑顔や、長身、ひとなつっこいキャラクター、

また、かれのカードが数百万円の高値で取引されていることなど、

話題には事欠きません。

 

 

 

が、基本的には、それらのことすべては、いってみれば、

「余技」なのです。

 

 

 

彼についての最大のポイントは、

「よくヒットやホームランを打つこと、そして、投げてもきちんと

 おさえること」

であって、これが本業なのです。

 

 

 

この本業が、もしかりにグラグラゆらいでいたならば、

いくら長身でも、さわやかな笑顔であっても、

あれほどの人気は、まず、でていないでしょう。

 

 

 

将棋の藤井聡太も、そうではないでしょうか。

 

彼が対局中に昼食に何を食べただとか、

ファンから大量のチョコレートの差し入れがあっただとか、

彼のクリアファイルが即完売しただとか、

年齢に似合わないむずかしい言葉を使うだとか、

いろんなことが話題になっていますよね。

 

 

 

が、やはりこういったことすべては、基本的には、「余技」なのです。

 

 

 

彼についての最大のポイントは、

「将棋が非常に強いこと」

であって、これが本業なのです。

 

 

 

この本業が、もしかりにグラグラゆらいでいたら、

彼が昼食に何を食べたかとか、どういった言葉づかいをするかとかいったことも、

あれほどには注目をあつめることは、ないでしょう。

 

 

 

「本業」がとても優れているひとは、「余技」にも注目があつまることがあります。

 

が、いくら「余技」が話題にのぼったとしても、

ポイントはやはり、「本業」にあるのです。

「本業」があってこその、「余技」なのです。

 

 

 

なので、「本業」がおとろえてきているのに、

それを「余技」でカバーすることは、基本的には、できない、

といわざるをえません。

 

 

 

たとえば、歌手の浜崎あゆみがいますが、

彼女が90年代後半から2000年代前半にかけて「歌姫」とよばれて

非常に脚光をあびていたときというのは、

「高い音域でも伸びのある、張りのある歌声がスムーズにだせること、

 肥満していなくて、スリムで魅力的な外見を持っていること」

という、「本業」がしっかりしていた時期なのです。

 

 

 

この「本業」がおとろえてきているのに、

自宅に靴が何百足もあるとか、

誰と付き合ったとか別れたとかいったニュースとかいったような、

「余技」でカバーしようとするのは、

基本的には不可能です。

 

 

 

イチローもそうです。

 

かれがレジェンドと呼ばれるようになったきっかけをつくることになる、

華々しく活躍していた時期というのは、

「非常にたくさんヒットを打つこと」

という「本業」が盤石だったのです。

 

 

 

その「本業」がおとろえてきているのに、

CMに登場するだとか、

おもしろいイラストの描かれたTシャツを着てメディアの前に登場するとか、

いまが旬のアスリートに対してなにかコメントするとか、

首をふりつつ、言葉を区切りながら大物気取りで記者会見するとかいったような、

「余技」でカバーしようとするのは、

基本的には、不可能なことなのです。

 

 

 

そして、うえにあげたような事例というのは、

いずれも有名人の事例なのですが、

「余技」ではなく「本業」をたいせつにすることは、

一般人にとっても、大事なことだと思います。

 

 

 

とくに、男であれば、

若いうちは「勉強」、社会人になってからは「仕事→お金」という、

「本業」のラインがグラグラしてくると、

そりゃやっぱり、人生もグラグラしてくるのではないでしょうか。

 

 

 

天機は、自身への後悔も込めて、そう思います。