みなさん天機です。٩(ˊᗜˋ*)و
今回は、ギリシャ神話のなかにでてくる、
アクタイオーンのお話について書いてみようと思います。
みなさんは、ギリシャ神話はご存じでしょうか。
自分もあまり詳しいわけではないのですが、
そのなかのエピソードのいくつかは、
知っているものがあります。
今回は、そのなかのアクタイオーンのお話です。
アクタイオーンというのは、ケイローンによって育てられたといわれる、
腕のいい狩人でした。
あるとき、アクタイオーンは、50頭の猟犬とともに、
キタイローン山へと、狩りにやってきたのです。
狩りの成果がよかったので、アクタイオーンは、猟犬を休ませるべく、
泉をもとめて、ガルガピアという洞窟のある場所へとやってきました。
ところが、そのガルガピアという場所は、
女神アルテミスのために設けられた聖域で、ちょうどそのとき、
アルテミスは、狩りの疲れをいやすべく、従者たちとともに、
そこで裸になって水浴びをしていたのです。
そのため、アクタイオーンは、知らないこととはいえ、
アルテミスの裸体を目撃することになってしまいました。
怒ったのはアルテミスです。
彼女は怒りのあまり、アクタイオーンを鹿の姿に変え、
連れていた猟犬をけしかけてアクタイオーンを襲わせました((((;゚Д゚))))
アクタイオーンは、泉にうつった自分の姿が鹿になってしまっていることに
驚きましたが、叫ぼうと思っても、
自分の口からでてくるのは、うめき声ばかり。
とうとう、アクタイオーンは、猟犬たちによってかみ殺されてしまったのです。
まあ、だいたいこんなお話です。
どうでしょうか。みなさんは、このお話を聞いて、
どんな感想をお持ちになりましたか?
アクタイオーン悲惨やな。とか、
アルテミスの怒りはハンパないな。とか、
アクタイオーン運が悪かったな。とか、
アルテミスもそこまで怒らんでも。とか、
いろんな感想があるかと思います。
アルテミスはなんといっても女性ですし、
しかも女神ですから、怒らせたらここまでの報復はしかたないのかも、
という気もします。
しかも、一説によると、アクタイオーンは泉で水浴びをしていた
アルテミスを襲おうとした、なんて話もありますから、
なおさらしかたのない報復だったのかもしれません。
さて、ふつうはそんな感じの感想をいだいて終わりだろうと思うのですが、
天機は、あることが気にかかりました。
それは、
アルテミスは、なんで、
数ある復讐方法のなかから、
アクタイオーンを鹿に変えるという、
そのやり方を選択したのだろう?
ということです。
そんなの決まってるやん!
アルテミスめっちゃ怒ってたんやろ?
鹿に変えて猟犬に襲わせるって、めっちゃ残酷やん。
だからそのやり方を選んだんちゃう?
まあ、たしかにそうではあります。
しかし考えてもみてください。
アルテミスは、相手を鹿に変えてしまうような、
すさまじい能力の持ち主なんですよ?
その気になれば、どんな残酷な方法で殺すことだって、
できそうじゃありませんか。
とすると、相手を鹿に変えて猟犬をけしかける、という殺害方法は、
残虐さひとつとっても、それしかない、
というような方法ではないと思うんです。
たとえば、古代中国は数多くの残酷な処刑方法を考え出したことで有名です。
凌遅刑、車裂きの刑、釜茹での刑、いろいろです。
そんな処刑方法をとってもいいわけですよね。
また、本家本元のギリシャ神話にも、残酷な報復方法がでてきます。
たとえば、最高神ゼウスの怒りをかったプロメテウスなんかは、
生きたまま岩に縛り付けられ、
大きな鷹に生きたまま内臓をついばまれ、なおかつ、
しばらくしたらその内臓は元通りに復元するので、
永遠についばまれ続けるというような、気の遠くなるような
責め苦をあたえられています。
そのような報復方法でもいいわけですよね。
では、なんで、アルテミスは、アクタイオーンを鹿に変えて、
それを猟犬に襲わせる、という方法を選択したのでしょうか。
そこにはきっと、なにか意味があるはずだ。
天機は、そう思いました。
では、その意味を解明するために、まずは、
アクタイオーンがなぜ、アルテミスの怒りを買ったのか、というところから、
見ていきましょう。
それは、簡単に言えば、アルテミスの裸を見たから、あるいは、
アルテミスを襲おうとしたから、ということです。
そして、このことをもっと一般的なかたちでいうならば、
アクタイオーンは、アルテミスにたいして、
性的な加害行為をおこなった、とみなされたわけです。
では、男性の女性に対する性的な加害行為というのは、
どういうメカニズムをもっているのでしょうか。
それは端的に言えば、男性が女性の肉体、裸にひかれて、
自分の欲望を満たしてしまおう、というメカニズムであると思います。
肉体、というのは、すこし正確ではないかもしれません。
裸、というほうが、たぶん、正確なのではないか、
とも思うのです。
というのも、男性の女性に対する性欲というのは、通常、
肉体の「表面」である裸に対して向かうものだからです。
なにを言ってるんだよ、表面ってなんだ!?
と思われるかもしれないので説明しますと、
たとえば男性は女性と唇を重ねたい、と思うかもしれませんが、
自分の唇とか舌とか歯でもって
相手の女性の歯の根っこにある神経までさぐりたい、
といったことは、あんまり思わないわけです。
また、女性のおっぱいを触りたい、とは思うかもしれませんが、
手の先を胸の中に入れて大胸筋をじかに触りたい、とか、
肋骨に触れたい、とかも、あんまり思わないと思うんですね。
お尻には触りたいかもしれませんが、
その奥の骨盤に触れたいとは、あまり思わないでしょう。
唇とか、おっぱいとか、お尻とかは、「表面」にあって、
男性の目には美しく映じていて、性欲を感じるものです。
それに対して、
歯の根っことか、大胸筋とか、肋骨とか、骨盤とかは、
通常、体の「奥」に隠れていて視線の先にはないものですが、
性欲はふつう、そのような奥にあるものには、
あまり魅力を感じないようなのですね。
これは肉体的な意味での「奥」ですが、
抽象的な意味での「奥」に対しても、
性欲にとらわれた男性はあまり視線を向けないところがあります。
目の前に美しく魅力的な女性がいる、
よし、性的な加害をおこなおう、と考えるような
性犯罪者的な男性の視線の先には、
女性の肉体という、表面にあらわれたものがあります。
でも、その女性には、
いままで愛情をかけて育ててくれた両親がいるかもしれないし、
冗談を言い合うような兄弟姉妹がいるかもしれないし、
その女性にはとても気に入っている音楽があるのかもしれないし、
頑張ってなにかを成し遂げたことに誇りをもっているかもしれない。
そういった、その女性にまつわるいろんなことは、
その女性の「奥」にあることであって、
深くかかわって初めて知ることができることですが、
性欲にかられた男性の目にはその女性の肉体という
「表面」だけしか見えていなくて、
そのような女性の「奥」を顧慮することが全くないんですね。
このように、性的加害をおこなう男性の性欲というのは、
肉体的な意味でも抽象的な意味でも
女性の「奥」を考えることがなく、
ただ美しい裸という「表面」だけにとらわれていて、
その表面にとらわれてしまっているということこそが、
女性も、そして自分も傷つける悲劇につながっていってる
ような気がするのです。
では、もとの話に戻って、
猟師であるアクタイオーンが女神アルテミスから受けた罰は
どんなものであったか、というと、
鹿の姿に変えられて、猟犬に襲われる、というものでした。
鹿の姿に変えられたアクタイオーンは、
外から見ると、鹿に見えます。
その「表面」は、鹿そのものなんです。
だからこそ、猟犬はそれを鹿とみとめて、襲うわけなんですね。
でも、真実は、それはアクタイオーンなのです。
鹿の表面の、その「奥」にまで注意することができれば、
そこにアクタイオーンを見出すことはできたはずなのです。
結局、女神アルテミスに対して「性的加害」をおこなってしまった
アクタイオーンは、
女神アルテミスの美しい肉体という「表面」しか
見ることができなかったために女神の怒りを買うことになり、
その罰としてアクタイオーンは、
鹿の姿に変わったアクタイオーンの「表面」しか見ない者たちによって
かみ殺されてしまったのです。
女神アルテミスが、いま述べてきたような深遠な構造を意識して
この罰を選択したのかどうかは、わかりません。
けれど、このギリシャ神話のなかの逸話は、
人間はときとして物事の表面にとらわれてしまうことで
なにか大切なものを見失ってはいないだろうか?という問いかけを
人間に対して発しているようにも思えました。
以上、天機でした( ´ ▽ ` )ノ