男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

元マラソンランナーの女が、万引きで逮捕。

元マラソンランナーの女が万引きで逮捕されたとのニュース。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

このニュースにヤフコメでは、

アスリートのセカンドキャリアを考えてあげなければ、という意見もあるようだ。

 

しかしながら、こういったニュースに接した時に大切なのは、

公平な見方をする、ということ。

 

なにか犯罪が発生し、犯人が逮捕されたときに、

その犯人のおかれた苦しい状況を斟酌してあげるのであれば、

その犯人が女性であっても、男性であっても、

同様に公平に、斟酌してあげなければ、理に合わないだろう。

牛乳石鹸のウェブCMを、支持する。

牛乳石鹸が今年の父の日に合わせて公開した、

「与えるもの」というウェブCMが、「物議」をかもしている、という。

 

自分はこのCMを支持する。

 

ヤフコメでもあったが、

気に入った人だけ見たらよく、気に入らなければ見なければいい。

それだけのこと。

 

テレビのCMじゃないんでしょ?

なんで、ウェブCMでわざわざ万人受けするような、

くだらない作品をつくる必要がある?

 

なんでもかんでも批判するひとは、

頭がどうかしてるんじゃないかなあ。

 

しかも、その批判のたいていは、

「女性目線に立ってないから」というもの。

 

ああ、気持ちが悪い。

 

女性目線っていうのは、なにか、

水戸黄門の印籠のようなものなんですかねえ?

 

女性には女性の考え方があり、男性には男性の考え方がある。

女性目線に立ったCMがあるのなら、男性目線に立ったCMもある。

それって、当然のことでしょ?

トランプ大統領の発言を支持する。

アメリカで、

南北戦争時代に活躍した、南軍司令官たちの像を撤去することに反対した

白人至上主義者たちが、

像撤去に反対する抗議集会を開こうとし、

この抗議集会に反対した、反差別主義者とのあいだで小競り合いとなって、

死傷者がでた事件に関連して、

トランプ大統領は、

双方に問題があった、と発言した。

 

自分は、このトランプ大統領の発言を支持する。

 

自分は有色人種のひとりであるから、正直言って、

白人至上主義者の存在には、心穏やかでいられるものではない。

 

しかしながら、

白人至上主義者たちが、暴力的な手段に現実にうったえて、

現に有色人種たちを排斥する現実的な行動にでたのならばともかく、

どのような思想信条をいだくかに関しては、まったく自由なことだ。

 

自分とは異なる肌の色や人種、文化、習慣、言語を持ったひとびとを、

積極的に受け入れたり、彼らと仲良く交流したりすることを良しとする

ひとびともいれば、

自分たちの固有の国土や文化、習慣、言語、民族性といったものを愛し、

尊重し、

他の人々とは違うのだ、というその違いに重きをおき、

自分自身のルーツに誇りをもって、

他者との間に一線を画そうとするひとびともいるのである。

 

前者がオープンであるがゆえに肯定的にとらえられ、

後者が「閉鎖的」であるがゆえに頑なである、ととらえられるとすれば、

それは、一面的であって真実をとらえたものではないだろう。

 

橋には橋の役割があってひとびとの幸せに奉仕し、

壁には壁の役割があってひとびとの幸せに奉仕しているのである。

 

壁さえあれば橋などいらない、という意見がおかしい意見であるのと同様に、

橋さえあれば壁などいらない、という意見もおかしいものだろう。

 

白人至上主義者も、それに反対する反差別主義者も、ともに、

思想信条の自由を享受する権利を享有する。

 

この世界には、自分と、自分とは異なる他者が存在する。

自分自身とは異なる他者が存在するということを認め、尊重する、

というのが理の本質であって、

自分は、理の持つ価値を高く評価するものである。

 

違いこそが大切なのだ。

違っているから、いいのである。

 

ことさらにその違いをなくそうとしたり、

みんなひとつだ、同じなんだ、という意見をふりかざしたりするひとは、

一見、だれもが幸せになれるユートピアを目指しているように見えながら、

実際には、暴力的ですらある。

 

違いをみとめるということは、

自分とは違う他者が存在する可能性を受け入れる、ということだ。

これができない人間の目には、

自分とは異なる他者というのは、なくしてしまわなければいけない

異常者にしか見えなくなる。

 

アメリカの例でいうならば、

白人至上主義者もいれば、反差別主義者もいるのである。

反差別主義者のほうが絶対的に正しくて、

白人至上主義者のほうはなくしてしまわなければいけない異常者なのだろうか。

 

そんなばかな。

であるからこそ、白人至上主義者に対しても、反差別主義者に対しても、

公平な見方をしなければいけないのである。

公平、ということが、とても大切な価値なのだ。

白人至上主義者だけを非難し、反差別主義者の側をまったく非難しないのならば、

それは、まったくもって、公平なことではないだろう。

現実問題としても、今回の事件で暴力的な行為にでた人間は、

双方の側にいたのである。

 

 

朝日ののぼってくる前の、まだ世界が闇に包まれている真夜中には、

個々の存在にはいまだ輪郭がなく、独自性を主張しない。

 

朝日がのぼる時間が近づくと、まずはじめに、

ぼんやりと地平線があらわれる。

区別のはじまりだ。

 

そして、光がこの世界にあらわれると、

ひとも、木々も、動物も、建物も、橋も、船も、みなが、

輪郭をもって、

わたしは、ほかとは違う存在なんだ、と主張し始めるのだ。

 

自分は、中立的な、無色な意見を主張する者ではない。

光と、理の原理を信奉し、それに重きをおいた主張をする者である。

 

その自分からすれば、

みんな同じなんだ、とか、世界は1つなんだ、とか、

だれもがオンリーワンなんだ、とか、みんなで手をつなごう、とか、

みんな仲良くなれる、とか、世界はハッピーになれる、とか、

そういうことを言うやつは、

うさんくさくてしかたがない。

 

現実に対する諦観からそう言っているのではない。

上に述べたようなことを言うやつの信奉する原理と、自分の信奉する原理は、

本質的に激しく対立するものだから、そう言っているのである。

復活する、冷戦時代の亡霊たち。

状況を分析するときには、

時代のおおきな流れを把握する、洞察することが、とても大切になる。

 

では、現在の状況とは、どのようなものなのだろうか。

 

自分が思うに、それは、

過去30年間ほど続いてきた時代の流れが、

おおきな転換点をむかえていることだろう、と思う。

 

いまから30年ほど前には、どのようなことが起こっていただろうか。

 

1989年ごろから1991年ごろにかけて、冷戦が終結した。

西側陣営と東側陣営の対立だったのが、そのころから、

米国一強の時代へと転換していった。

 

また、1993年には、EUが発足した。

 

 

こういったことが、それからおよそ30年ほどがたった2017年、

どのように転換しつつあるのだろうか。

 

まず、米国では、トランプ大統領が米国第一をかかげはじめたように、

米国国内の分断は深刻なものとなり、

米国の指導力にかげりが見え始め、世界は指導者をうしなって、

混迷をはじめたようにみえる。

 

冷戦終結の象徴的な出来事だった、ベルリンの壁崩壊と、

それにつづくドイツ統一

そういったことを主導したコール元ドイツ首相も、最近亡くなった。

 

イギリスは昨年EUから離脱し、EUは発足以来はじめてとなる、

離脱国をだすことになった。

 

そして、北朝鮮の問題だ。

 

北朝鮮と韓国は、現在でも休戦状態であるにすぎないが、

この北朝鮮という国の存在は、かつて存在した冷戦構造の、

最後の残滓のようなものなのである。

それが、いまになって、国際問題として急浮上してきた。

 

こういったことすべてが、

冷戦構造の崩壊に始まった、ここ30年ほどの世界史の流れが、

おおきく音をたてて変わろうとしていることを、象徴的にしめしている。

 

 

こういった時代の転換点にあたって大切な態度というのは、

歴史が教えてくれている。

 

それは、

古い時代のほうに固執するのではなく、

積極的にあたらしい時代のほうを切り開きにいく者が、

いつも勝利をおさめる、ということだ。

 

ここ30年ほどの世界史の潮流が、

なにも絶対的に正しいものなどではないのだ。

 

ここ30年ほどの世界で支配的だった哲学やイデオロギー

金科玉条の如く守り続ける者は、

まちがいなく時代の流れに取り残されることになるだろう。

統計や調査は、注意して見る必要がある。

世界大学ランキング、というのがある。

それをみると、かつては比較的上位につけていた東京大学も、

だんだんと順位が下がっていることがわかる。

 

それをみて、ああ、東大も落ちたねえ、というのは、早計だ。

統計や調査は、注意して見る必要がある。

 

東大が順位を下げたいっぽうで、東大よりも順位の高い大学は、

日本には、ほかに存在しないのである。

早稲田や慶応などは、はるか下のほうだ。

その現実を見なければいけないだろう。

 

 

関東と関西をくらべて、

東京は人口増加、関西は人口減少、と、

二項対立で比較するのも、おなじように早計である。

 

統計や調査は、注意して見る必要がある。

 

いま、日本で起こっているのは、

東京への人口集中という東京の一人勝ちと、

それ以外の地域のほぼ全部負けだ。

 

関西が人口減少しているならば、

三大都市圏ではない地方都市などは、もっと激しく人口減少しているのである。

 

そして、日本には、

いったいどれほどの地方都市圏があると思っているのだろうか。

 

参考までに、直近の国勢調査のデータをみてみると、

日本の全47都道府県のうち、じつに33の道府県までが、

人口が減少していて、かつ、その減少幅が拡大している。

 

後宮とセックス。

後宮のことを、考えることが多い。

 

後宮というのは、歴史上の中国の王朝や、イスラムの王朝などで、

唯一の権力者が、

自分の性的な欲望を思いのままにかなえるために、

全国から千人という単位で美女を徴発し、後宮に閉じ込め、

自分に性的に奉仕させた施設、機関のことである。

これが、後宮の本質的な部分、欠けてはいけない内容だ。

後宮について説明する場合には、

このもっとも基本となる部分の説明は、絶対に飛ばしてはいけないのである。

 

ところが、インターネット上で、後宮について調べてみると、

ウィキペディアをはじめとして、

後宮の女官制度はなんたら、とか、ちんたらちんたら書いてある。

 

ちがうだろ。

もう一度、はっきりと言う。

 

後宮というのは、唯一の権力者となることに成功した男性が、

自分の思いのままに性的な欲望をみたすことを目的としてつくった機関だ。

ここは、絶対にはずせない。

ほかのことはさしおいても、

このいちばん基本的な部分の説明を、

当然知っていると思っているのかどうか、

なんとなくあいまいにして誤魔化すのは、絶対に許されないことだ。

イチローに引退の好機。

ジーター氏の率いるグループなどが、

マイアミマーリンズを買収することに。

 

ぜひ、ジーター氏には、イチロー放出の決断を下してもらいたい。

そうすることが、

球団のためにもなるし、イチローのためにもなる。

 

イチローは潔くここで引退し、

あとは、家庭菜園でもいじりながら、草野球チームのコーチでもして、

余生をおくるべきだ。