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男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

稀勢の里、2場所連続優勝。

時事

稀勢の里が、2場所連続優勝を達成した。

1場所しか優勝していない段階で、彼を横綱にすることには異論もあったが、

今回の結果をみれば、だれも文句はつけられないだろう。

文句なしの横綱相撲だった。

 

テレビで観戦していて、心がじーんとなった。

出場しようというだけでもすごいことで、まさか、2戦連続して勝って

優勝するとは思っていなかった。

彼の精神力は、途方もないものがある。

 

ノーベル賞の受賞会見などでは、なぜか、

妻が横からしゃしゃりでてくることがある。

あたかも、受賞できたのは妻の内助の功があったからだ、

とでも言わんかのように。

しかし、稀勢の里は独身だ。

今回の偉業に、女性の助力はいっさいはたらいていない。

自分自身の力で勝ち取ったものだ。

女性の偉大さと関連付けようとしても、できるものではない。

 

思えば、日本人横綱が姿を消したのは、2003年のことだった。

あれから、14年がたつ。

また、新横綱が優勝で飾ったのは、1995年が最後だった。

あれから、22年がたつ。

この20年ほどという時代は、どこか世相もおかしなところがあった。

稀勢の里の優勝によって、

あらたな時代、まともな時代が、ようやく始まったという感じがしている。

 

稀勢の里が怪我をした段階では、今場所の優勝は絶望的かに思われた。

優勝する可能性は、かぎりなく小さかった。

が、優勝した。

とても小さな可能性、ほとんどないかに思われた可能性が、

実際にはあったよ、存在してたんだよ、ゼロじゃなかったよ、ってわかったとき、

こんなにも人を感動させるものなんだな。

鼻につく麻生財務相の横柄な態度。

時事

麻生財務相共産党議員の質問に対して、

「偉そうに人指さしてワンワンしゃべって。失礼だろ。」

と発言したと報道されている。

 

自分はこの人が、以前から好きではない。

野党の質問中に腕組みしたり、ニヤニヤ笑ったり、

この間も、調子のいいこと言ってんなあ、とかなんとか発言していた。

 

横柄な態度を改めなければいけないのは、おまえのほうだ。

だいたい、自民党議員は、しばしば野党を小馬鹿にしたような態度を

とるが、まったく不愉快なものだ。

野党議員の背後には、かれらに投票した一定数の国民がいる。

国会内で見れば、自民党議員がたいへん多いように思うかもしれないが、

それは錯覚だ。

小選挙区制という選挙制度が、勝者に得票割合以上の勝利をもたらす

ものであることを考えると、

自民党議員の多さは、自民党支持者の多さが不正確に増幅されたものに

すぎない。

国会における野党議員の割合よりも、

国民における野党への投票者の割合のほうが大きいのである。

このことを考えれば、

野党というのはなにかおかしなことを言っている異常者の集まりである、

みたいな態度をとることが、いかに傲慢で無礼なものであるか、

わかろうというものだ。

 

この世界は、

あるものだけが正しくてそれに反対するものはみな異常者である、

という、数字の1を基調とするものの見方でとらえるのは、誤りである。

自分がなんらかの意見をもてば、

それとは異なる意見をもつ他者があらわれる、

その自分と他者の両者が併存することでこの世界は成り立っている、

というように、

数字の2を基調とするものの見方でとらえるのが、正しいのである。

昭恵夫人も証人喚問するのが公平だ。

時事

昨日の籠池理事長の証人喚問での発言に対して、

安倍首相の夫人、昭恵さんがフェイスブック上で反論した。

自民党は今日になって、

昭恵夫人の証人喚問には応じられない意向をしめしたという。

 

籠池理事長というのも、どうもうさんくさい印象はぬぐえず、

その発言が信用できるかといえば、微妙な点もおおい。

しかしながら、すくなくとも自分の意見を表明するのに、

証言台で署名、捺印し、偽証罪に問われるリスクを負って

発言している。

昭恵夫人SNS上で反論しただけであって、

その発言は、なんらのリスクを負うことなくなされている。

両者ともに発言しているわけだが、

その重みを同列に考えることはできないだろう。

 

籠池理事長側と、昭恵夫人、政府側の意見は、

真っ向から対立している。

籠池理事長は証人喚問の場でも、

自説を曲げることなく、とうとう言いきった。

 

この籠池理事長の発言が事実に反し、虚偽であるというのならば、

その証明は、今度は昭恵夫人、政府側が、

リスクを負ってしなければならないと思うのだが、どうだろうか。

夫が妻を殺す場合と、妻が夫を殺す場合。

時事 男女論

神奈川県横須賀市で、妻が夫の頭を殴って殺害した、と今朝のニュース。

夫の頭からは大量の出血があったというから、

鈍器のようなもので殴ったか、強い殺意があったのだろう。

 

一般的には男性のほうが腕力が上だと思われているが、

最近では、妻が夫を傷害する例、殺害する例も珍しくなくなっている。

DVというのは、男性だけが加害者になるのではなく、

女性も加害者になる、ということだろう。

 

夫が妻を殺害する場合と、妻が夫を殺害する場合。

こういった事件があった際に大切なのは、

公平な観点から事件をみる、という姿勢だ。

 

殺害したことに対して強い非難をくわえるのであれば、

殺害した男性に対しても、殺害した女性に対しても、

同様に強い非難がくわえられなければならない。

 

他方で、日ごろから不満がたまっていたのだろう、

というように、殺害者の事情を斟酌するのであれば、

殺害したのが男性であれ、女性であれ、

やはり同様に斟酌しなければならないのである。

 

妻が夫を殺害した場合には、夫に対する不満があったのだろう、と、

妻側の事情を斟酌するのに、

夫が妻を殺害した場合には、DV夫、というふうに一方的に

夫を非難するのであれば、

おいおい、男性がいつも悪者ですか、女性はいつも悪くないんですか、

といいたくなる。

 

夫に不満をもつ妻は多いかもしれないが、

妻に不満をもつ夫もやはり多いだろう。

夫と妻、いずれかの不満だけをさもたいへんな不満であるかのように

とりあげ、他方の不満を無視するのであれば、

それは公平な姿勢とはいえないだろう。

サッカーW杯日本代表、アジア最終予選敗退の可能性も。

時事

サッカーW杯日本代表は、これからアウェーでの戦いが

続くことになる。

主力選手であった長谷部も欠場するなかで、

上位2チームにとどまるというのは、非常に厳しいのではないか。

日本代表は1998年の大会以来、

最悪でもグループリーグ敗退以上という成績をのこしてきたが、

今回ばかりは、

アジア最終予選敗退という可能性も視野にいれなければ

ならなくなった、といえるだろう。

やはり、時代の流れがおおきくかわってきているのだ。

 

まずは今夜のUAE戦。

それが今後を占ううえで、おおきな一戦となるだろう。

淡路島洲本5人殺害事件と、集団ストーカー。

時事

淡路島洲本5人殺害事件の被告に対し、神戸地裁は、

死刑の判断をくだした。

 

この事件の犯人、被告の主張について、報道などでは、

工作員」による被害を受けていたなどと主張している、

とされることがある。

 

しかし、事件発生当時の報道からは、彼が、

「集団ストーカー」による被害を受けていた、

「電磁波攻撃」を受けていた、

などと主張していたことがわかる。

しかし、その後の報道の中ではなぜか、この

「集団ストーカー」や「電磁波攻撃」といったワードは、

報道されなくなっていく。

 

報道が、犯人や被告の具体的な言動を伝えずに、

一部を改変したり、あるいは、削除したりして報道することは、

ときどきある。

たとえば、

神奈川県相模原市の障害者施設で発生した大量殺傷事件では、

犯人である植松聖は当初、

イルミナティ」という用語をその手紙の中で使っているのだが、

この「イルミナティ」と言う用語は、

一部報道の中では伏せられている。

また、なんらかの事件で犯人がおそらく、

「女が憎かった」と発言したであろう場合には、

「女性が憎かった」というふうに発言が微妙に改変されることがある。

 

ともあれ、淡路島洲本5人殺害事件では、

犯人には完全責任能力がある、と、裁判所は判断したわけだ。

このことは重い意味をもつ。

集団ストーカーの被害にあっている、と主張すると、

ちまたでは、

それは統合失調症である、とか、精神異常である、

とされることがある。

もしかりに、統合失調症であったり、精神異常であったりするならば、

この事件の裁判でいえば、被告の責任能力に影響することになる。

ところが、今回の裁判においては、

被告に完全責任能力が認められた。

ということは、

集団ストーカーの被害にあっている、と言う主張は、

かならずしも精神異常を意味しない、と、

裁判所が判断したということを意味する。

集団ストーカーの被害にあっているという主張は、

一般的に言えば理解しにくい考え方ではあるかもしれないが、

それもひとつの考え方であるのであって、

それは、統合失調症であったり、精神異常であったり、

そういうものを意味するわけではかならずしもない、と、

裁判所は判断したのである。

 

※ 追記

今回の事件について、被告の精神鑑定を実施した精神鑑定医は、

「集団ストーカーの被害が存在するとの考えは社会の一部に

 共有されており、被告の意思は正常で、妄想にもとづくもの

 ではない。」と述べている。

つまり、医師の考えでは、

集団ストーカーによって被害を受けていると主張したとしても、

その事実のみをもってただちに精神異常であるとすることはできない、

ということになる。

 

ネット上でたまに話題になることがある集団ストーカーについては、

そういった事例、現象がほんとうに実在するのかどうか、

依然として不明な点が多いように思われる。

しかし、もしかりに、そういった事例がほんとうに実在するのであれば、

今回の事件は、集団ストーカーに加担する側にとって、

一定のマイナス効果を持つ可能性がある。

それは、ひとつには、

集団ストーカーの被害を訴える者がかならずしも精神異常という

わけではない、と、司法の場で明らかにされた点。

もうひとつには、

集団ストーカーに加担する側は、重大な「反撃」をくらう危険性

がある、ということが明らかになった点、である。

裏目に出る積極経営。

世の中

ここのところ、積極的な経営姿勢が裏目にでる例があいついでいる。

 

液晶事業に集中する積極経営で破たんしたシャープ。

原発事業に積極的に乗り出し破たんした東芝

 

積極姿勢と言えば聞こえはいいが、裏をかえせば、

慎重さに欠けるということでもある。

巨大地震による津波の可能性を甘く見た東京電力も、

慎重さに欠けていたのである。

 

世の中、プラスを手に入れることばかりが大切なわけではない。

マイナスを発生させないことも、同じくらい大切なことだ。

マイナスの発生の可能性をつねに頭におき、

それに対する対策をうつ慎重さをもつ。

経営でも、人生でも、大切なことではないだろうか。