この世界の不思議

この世界のいろんなことについて、思ったことを書いていきます。

この世界はどのようにしてできたのかーその2

こんばんわ。天機です。

(この記事 約1400字)

 

 

 

さて、前回の記事のつづきです。

※ 繰り返しになりますが、このシリーズの記事は、このブログの作者である

天機の空想であって、現代科学により得られた理論や知見との親和性はありません。

 

前回は、この世界のはじまりには「無」というものがあって、

その無が、だんだんに広がっていき、その過程で、

無ととてもよく似ているけれどすこしだけ違う「寸」というのも広がっていき、

それが極限まで達したときに、

寸は、もともと無がいた場所に還ってきて、

そこで無と寸は重なり、交わり、「矛盾」がうまれる、という話をしました。

 

 

 

が、前回、その記事を書いた後に、

いろいろとブックマークコメントをいただいたなかで、

自分の考えに、やっぱり、すこしおかしいところ、

わかりにくいところ、無理のあるところがあるんじゃないか?

という気がしてきました。

 

とくに、寸が広がっていって、もともとの無と重なるというけれど、

もともとのところも寸の一部なんじゃないか、という意見があって、

なるほど、それももっともだ、と思ったのですね。

 

 

 

そこで天機は、前に書いた記事を一部撤回し、

新説をかかげようと思います。

 

それは、以下のようになります。

 

 

 

この世界のはじまりには、「無」がありました。

 

この無が、どういう「化学反応」をおこしたのか、

無とよく似ているけれど、無とは少しだけ違う、

「寸」を「産みました」。

 

うまれた寸は、世界の彼方へと、ぱーっと広がっていきました。

今回は、ひろがっていくのは、「寸」だけです。

「無」は、原初の場所にとどまっています。

 

それで、やっぱり、極限まで遠くまで行った「寸」は、

原初の場所に還ってきます。

 

それで、原初の場所にもともといた「無」と、

はるかかなたから還ってきた「寸」がまじわります。

 

そして、まじわったときに、どういう「化学反応」をおこしたのかは、

天機はよくわかりませんが、

そこで、「矛盾」が生まれました。

 

 

 

今回のイメージは、つぎのような感じです。

 

陸上競技場の、400メートルトラックのあるところを、イメージしてみて

ください。

 

スタート地点のところに、「無」がいます。

 

そこから、いきおいよく、「寸」がスタートを切って飛び出していきます。

 

その「寸」は、400メートルトラックを、ぐるーっと1周、

走ってまわってくるんですね。

 

そうやって走ってまわってきた「寸」が、スタート地点まで戻ってきて、

スタート地点でじーっとしてた「無」と交わりあい、

あらたにできたのが「矛盾」、という感じです。

 

 

 

まず、「無」があって、それが「寸」を産み、

その「寸」と「無」がまじわって「矛盾」がうまれる。

 

順番的には、無→寸→矛盾、という感じです。

 

この無→寸→矛盾、という生成の順番が、

この世界のもっともはじめの部分の生成の順番だと、天機は勝手に思っている

のですが、

どうしてそんなふうに天機は考えるのかな?

と興味を持たれたかたは、

以下の記事もよろしければ参考にしてみてください。

 

reasongomainstream.hatenablog.com

 

以上、「~ました」と、断定調で書いてきましたが、

これは、天機がこの世界のはじまりについて、

こういうふうなしくみで生成したんじゃないかなあ?

と思った「仮説」にすぎません。

天機自身、これが正しいのだ、という立場では、書いていないのです。

 

この世界のはじまりについては、

100人いれば、100通りの空想があっていい、と思います。

天機の空想も、その1つです。