こんにちわ。天機です。
きょうは、すこし、スピリチュアルなお話をしようと思います。
天機は、スピリチュアルなことに、すこし興味をもっています。
一時期は、ありがとう、ありがとう、と唱えることや、
ついてる、ついてる、と唱えることにはまっていた時期がありました。
そうすると、いいことがあるよ、と書かれていた本とかがあったからです。
しんどいから、やめましたが。
引き寄せの法則、とかいう本の中に、
「願い事は、過去形で言ったほうがかないやすい」
ということが、書かれてあったようです。
たとえば、宝くじで1万円あたってほしい、と思ったら、
「宝くじで1万円当たりました。ありがとうございます。」
と言うとよいみたいです。
過去形で願い事を宣言して、そのあとに、ありがとうございます、
とか、感謝します、とか、くっつけるわけですね。
この、過去形で願い事をする、ということについては、
効果があるよ、って言っているひとも、
ネット上には、ちらほらいるようです。
しかし、その効果は、証明されたわけではありません。
もしかしたら、うさんくさいものかもしれないし、
眉唾かもしれないし、ただの気休めかもしれません。
ですが、もし効果があるとしたら、
という前提でかんがえると、そこには、どんなしくみがはたらいているの
だろう?
ふと、そんなことが気になりました。
ふつう、願い事というのは、
「宝くじで1万円当たりますように。」
なんていうふうにお願いをすると思うんですね。
これを、
「宝くじで1万円当たりました。ありがとうございます。」
という、お願いのやり方にかえるだけで、どうして、
願い事がかないやすくなるんだろう?
そんなことを考えました。
そこで、ふと思いついたのが、
中学校の理科で習った、「電磁誘導」という現象です。
電気を流す銅線に、電気を流すと、そのまわりに、磁界が発生します。
ところが逆に、
電気など流れていない銅線の周りに、
磁石を近づけたりして周囲の磁界を変化させると、
銅線に勝手に電流が生じるのです。
これが、電磁誘導という現象です。
銅線に電流をながすと周囲に磁界が発生する、という現象を応用して、
モーターが発明されました。
いっぽうで、銅線の周囲の磁界を変化させると銅線に電流が発生する、
という現象を応用して、発電機が発明されました。
つまり、こういうことです。
銅線に電気をながす→銅線の周囲の磁界が変化する
という現象と、
銅線の周囲の磁界を変化させる→銅線に電流が発生する
という現象は、
相互に密接な関連のある2つの現象であって、
A→BとB→Aは、双方向で発生するものだ、ということなのです。
この、電磁誘導の知識をふまえて、
「願い事を過去形で宣言するとかないやすい」ということについて、
考えてみましょう。
ふつう、願い事がかなったら、どうするでしょうか?
「願い事がかないました。ありがとうございます。」
と言うでしょう。
願い事がかなってもいないのに、
「願い事がかないました。ありがとうございます。」
などと言うことは、ふつうは、考えられないわけです。
実際に願い事がかなったという事実→願い事がかなったことへの感謝
となるわけなのですね。
電磁誘導の例でいうならば、
銅線に電流をながした→銅線の周囲の磁界が変化した
にあたります。
実際に願い事がかなったという事実と、願い事がかなったことへの感謝、
というのは、互いに密接な関係があります。
※ちなみに、願い事が叶いますように、という、一般的によくやるお願いは、
それとは事情が異なります。
願い事が叶いますように、と、なぜお願いするのかといえば、それは、
願い事がかなっていない、という現実があるからでしょう。
つまり、
願い事がかなっていないという事実→願い事がかなうようにというお願い
という関係にあるわけなのです。
たいへんおそろしいことなのですが、
願い事がかなうように、というお願いは、その意図に反して、
願い事がかなっていない、ということと、
密接な関連があるのですね。
話をもとにもどします。
実際に願い事がかなったという事実と、願い事がかなったことへの感謝、
というのは、おたがいに密接な関係がある2つの事象です。
そして、
実際に願い事がかなったという事実→願い事がかなったことへの感謝
というのが、電磁誘導でいうところの、
銅線に電流をながした→銅線の周りの磁界が変化した
に相当するのであれば、
電磁誘導では、ちょうどその逆方向の、
銅線の周りの磁界を変化させた→銅線に電流が発生した
という現象があったのと、ちょうどおなじように、願い事においても、
願い事がかなったと感謝した→実際に願い事がかなうという事実
という、逆方向での現象があるのではないか、
ということなのです。