この世界の不思議

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【人体】2つある器官と、1つしかない器官。心臓と脾臓。

人体に、2つある器官と、1つしかない器官についての、

考察記事のつづきです。

 

 

では、考察をすすめていきましょう。

 

 

 

 

【心臓と、脾臓は、なぜ、それぞれ1つずつなのか】

 

心臓は1つです。脾臓も1つです。

心臓と脾臓の数が、それぞれ1つずつである、ということの背景には、

いったい、どのような原理があるのでしょうか。

 

 

このことについても、

理の原理と生の原理という観点から、考えていきましょう。

 

 

 

 

心臓というのは、全身に血液を送り出し、また、

全身から血液がかえってくる器官です。

 

脾臓というのは、そのはたらきについては、あまりなじみがないと思いますが、

血液をつくったり、血液を貯蔵したりするはたらきがあります。

 

 

 

心臓と脾臓は、あわせて、循環器とよばれます。

心臓も脾臓も、血液にかかわる器官なんですね。

 

 

 

では、血液について考えてみましょうか。

 

血液のはたらきというのは、全身に酸素をおくりとどけたり、

全身から二酸化炭素を回収したり、

全身に栄養分をとどけたり、

全身から老廃物を回収したり、といったものです。

 

 

 

この血液というのは、当然のことですが、

ただの、水、ではありません。

 

自分も、中学理科で習ったくらいの知識しかありませんが、

血液というのは、

赤血球だったり、白血球だったり、血漿だったり、血小板だったり、

いろんな「成分」からなっています。

そういった「成分」がなければ、言うまでもないことですが、

血液としては、成立しないことになります。

 

 

 

では、それらの「成分」は、どうやってつくられたのでしょうか。

ただ、空気を吸ったり、水を飲んだりしただけで、

それらの「成分」を、つくりだすことができるのでしょうか。

 

 

 

 

できませんよね。

 

それらの成分を作り出すには、食べ物を食べて、

固形物を体内にとりいれ、それらを消化して、

そのなかから、それらの血液成分を合成する必要がありますよね。

 

 

 

ということは、

心臓や脾臓は循環器として血液に密接なかかわりをもち、

その血液は、それを構成する血液成分を合成するために、

体内に取り入れた固形物を必要とし、

固形物を体内にとりいれるためには、

人間の体のそとにあって生きていた生き物たちの命を犠牲にしなければいけない、

と、こういうわけですよね。

 

 

ということは、つまりは、心臓や脾臓もまた、

 

「他者を犠牲にし、そのことをつうじて、自己の生存をはかる」

 

という、生の原理に密接なかかわりがある器官、ということになります。

 

 

 

 

以上のことから、心臓と脾臓の数は、それぞれ、

生の原理をあらわす数である、1、になります。

 

 

※ これ以外の器官の考察については、こちらから↓

 

reasongomainstream.hatenablog.com