この世界の不思議

この世界のいろんなことについて、思ったことを書いていきます。

【人体】2つある器官と、1つしかない器官。肺。

人体の、2つある器官と、1つしかない器官についての、

考察記事のつづきです。

 

 

では、考察をすすめていきましょう。

 

 

 

 

【肺は、なぜ2つなのか】

 

 

 

肺は、なぜ2つなのでしょうか。

 

これについても、理の原理と生の原理という観点から、

考えていきたいと思います。

 

 

 

 

肺というのは、いったい、どういう器官なのでしょう。

 

 

鼻の孔から吸い込んだ空気は、気道を通ってはこばれ、

肺に到達します。

そして肺において、新しい空気と、古い空気が交換される

わけなんですね。

 

鼻の孔には、外気を獲得する役割が、

気道には、外気を運搬する役割が、それぞれありますが、

肺というのは、

外から空気をとりこんで、それを交換しつつ、

生命活動に役立てる、という、

呼吸システム全体を統括するような、いわば、

統括器官としての役割がある、といえるかもしれません。

 

つまり、肺について考える際には、

呼吸システムは、全体として、いったい、

どのようなはたらきをしているのか、ということを考える必要があるのです。

 

 

 

では、肺のつかさどっている呼吸システムというのは、

全体として、いったい、どのようなはたらきをしているのでしょうか。

 

 

 

それは、簡単にいえば、

「外気を獲得して、それを生命活動に役立てる」

というはたらきをしています。

 

生命活動に役立てる、という部分は、なるほど、

自己の生存をはかっているわけなので、

生の原理とかかわりがありそうです。

 

しかしながら、外気を獲得する、という部分では、

外気を獲得するプロセスにおいて、他者への加害ということがなされていないので、

他者を犠牲にする、とか、他者を加害する、とかいったことはなく、

その点では、生の原理とは相いれない、ということになりそうです。

 

 

 

とすると、

「他者を害することなく獲得した空気を、自己の生命活動に役立てる」

という、肺のつかさどる呼吸システムの全体としてのはたらきは、

「他者を害し、そのことを通じて、自己の生存をはかる」

という、生の原理には、全体としては、一致しないことになります。

 

その意味で、肺は、生の原理と合致する、とは言えません。

 

 

 

 

べつの観点からも、ながめてみましょうか。

 

肺というのは、呼吸システムをつかさどり、

その呼吸システムというのは、空気の存在を前提としています。

 

この世界には、人間も、動物も、樹木も、建物も、存在します。

 

いろんなものが存在しているわけなんですが、

それら、いろんなものというのは、

びちゃーっと、密着して存在しているわけではなくて、

それら、いろんなものの間には、

おたがいを分かつ、「あいだ」が存在しています。

 

そして、その「あいだ」を満たしているのが、

大気であり、空気なのです。

 

 

 

つまり、空気が存在する、というのは、

個々の事物が、おたがいがおたがいに独立して存在する、

ということを可能ならしめるものであり、

おたがいがおたがいに独立しているというのは、

自己と他者は異なり、その異なる自己と他者の両者が、

両者ながら併存するという、理の原理につながるものなのです。

 

 

 

以上のことから、肺という器官は、理の原理と一定のかかわりがある、

と言えます。

 

よって、肺という器官は、生の原理とは完全には合致せず、

理の原理とかかわりがあるため、

その数は、理の原理をあらわす数である、2、になります。