福島第一原発の事故について考えることが、ときどきある。
原発事故の処理費用はかさんで、最近だと政府は、
20兆円ほどもかかる、と言っている。
民間のシンクタンクは、それとは異なる試算もだしていて、
それによると、処理費用は70兆円ほどにもなるんだとか。
いまさらのことだが、
原発事故による深刻な事態は、ほんとうに防げなかったのだろうか。
あの事故がおきたとき、まず、主電源が落ちた。
そして、非常用電源に切り替わった。
ところが、津波がやってきて浸水し、
非常用電源も水没してしまった。
結果、冷却することができなくなって、メルトダウンにいたったのだ。
とすると、津波による浸水を防げていれば、
今回のような大惨事は防げた可能性がある、ということになる。
じつは、2011年の福島原発の事故がおこる数年前に、
検討、試算していた。
それによれば、
東日本大震災で起きたような津波をふせぐ防潮壁を設置するのに、
80億円かかる、という試算がでたそうだ。
ところが東京電力は、
そのような津波がおこる科学的根拠は十分ではない、とかなんとか言って、
防潮壁の設置を見送った。
簡単に言えば、
80億円をけちったのである。
そしていま、実際にそのような津波はやってきて、
原発事故の大惨事は発生してしまった。
その事故処理の費用は、民間の試算では70兆円であるという。
80億円をけちって、70兆円の損害である。
じつに、けちった金額の、8750倍の損害が発生したことになる。
株式投資なんかをやっていれば、
投資した株が、2倍、3倍に値上がりすれば、それは大成功である。
もしかりに、
投資した金額の8750倍のリターンが得られるような投資があるのならば、
その投資は、
めまいのするような、莫大な投資効率をもっている、といっていいだろう。
ところが、当時の東京電力の幹部は、
その80億円ぽっちをけちったのである。
その結果、東京電力のみならず、
日本国と、日本の国土、日本国民に、甚大な被害をもたらすことになった。
なにがいけなかったのだろうか。
ひとつは、リスクを甘く考えたことである。
リスクの中には、発生確率は非常に低いものの、もし発生すれば、
途方もないような損害をもたらすリスクというのがある。
その種のリスクには、きちんと手当しておく必要がある。
もうひとつは、経営であれ、人生であれ、なんでもそうだが、
プラスを手に入れることばかりでなく、
マイナスを防ぐことも大切なのだが、そのことを看過した、ということだ。
プラスを手に入れることばかり考えて、それがすべてなんだと思うようになると、
なにかにつけ、やたらと積極策ばかりとるようになる。
海外企業の積極的な買収に動いた日本郵政、みな、根っこはおなじことだ。
そういった積極策がうまくいっているときはいいが、
それらが裏目に出るときはやってくるものだ。
そういうときに、慎重さを欠いたことの、ツケを払うことになる。
さらには、こういうことも言えるだろう。
東京電力は、
巨大な津波がやってくる可能性はとても低い、と考えた。
そして、
とても可能性が低いのならば、それは、ゼロとみなしてもかまわない、
と考えたのである。
これに対して、この世界は、痛烈なしっぺ返しでもって応じたのだ。
この世界からのメッセージは、
人間が気づいているかどうかにかかわらず、常に一貫していて、
明確なものだ。
それは、以下のようなものである。
可能性がとても低いもの、とても小さいなにか、
それらを、
とても低いからといって、とても小さいからといって、
ないものとみなしたり、ゼロだと考えたりするようなことは、
許されない。