男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

グーグルで性差をめぐる論争。

グーグルの男性社員が、IT業界で女性が頭角をあらわせないのは、

男女の生物学的な違いによるものだ、とした文書を流通させたとして、

グーグルに解雇された。

 

あきらかに、この男性の主張は正しく、

この男性を解雇したグーグルの判断は、非難されるべきものだ。

 

自分が注目しているのは、

この文書をきっかけとして、グーグル内に、

「議論」「内紛」が生じている、と報道されている点。

 

もし、圧倒的多数のひとたちが、この男性の意見に反対しているのなら、

この男性への「非難」が殺到している、とか、

この男性は「批判」されている、と報じられているはず。

 

ところが、事実はそのようにはなっていない。

「議論」が生じ、「内紛」が勃発するということは、つまりは、

こちら側の意見の人たちと、あちら側の意見の人たちの、

両陣営にわかれて対立している、ということを意味する。

 

ということは、

男女の間には生物学的な違いがあって、女性は劣っているかもしれない、

と考えているひとたちの数は、

それを異常者である、と簡単に片づけて排斥してしまえないくらいに、

決して少なくない、ということを意味している。

 

なんだか、楽しくなってきた。

いままでだったら、英国のEUからの独立を目指す人も、トランプを支持する人も、

異常だよね、ということで一蹴されていた。

ところが現実には、そういった人たちのほうが勝つくらいに、

数が増えつつある。

 

革命の予感がする。

そして、革命こそは、自分のもっとも愛するものだ。