男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

大山のぶ代さんの夫の死に思う。

大山のぶ代さんの夫がなくなった、というニュースがあった。

 

ヤフコメなどをみると、

認知症の奥さんを残して死ぬのは、さぞ無念だったでしょう、

などといったコメントがある。

 

しかし、夫の本音でいえば、それだけではないかもしれない。

 

毒蝮三太夫さんが語っていたが、

認知症の妻の介護からようやく解放された、という安堵の気持ちも、

たしかに、そこにはあったのではないだろうか。

 

夫と妻を逆にして考えてみよう。

 

夫が長年、認知症を患っていて、妻がその看護に明け暮れていた、とする。

その妻が、夫より先に亡くなった。

このとき、どんなコメントをするだろうか。

 

もし、夫の介護からようやく解放されましたね、

というコメントをするのであれば、それは、

夫と妻が逆の立場になっても、いえることなのである。

 

夫が認知症の妻を介護していて妻より先に亡くなった場合であっても、

妻が認知症の夫を介護していて夫より先に亡くなった場合であっても、

いずれの場合であっても、そこには、

あとに妻、あるいは夫を残して無念だ、という思いだけでなく、

介護から解放されてよかった、という安堵感があるものだろうと思う。

 

やはり、男性の場合であっても、女性の場合であっても、

公平な観点からみる、ということが大切なことだろう。