男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

おっさんと、おばはん。

おっさんという言葉があれば、おばはんという言葉もある。

普通のことだ。当然のことだ。

 

考えてみれば、わかりそうなことだ。

おじさんには、おばさん。この2つは、対応している。

おじちゃんには、おばちゃん。この2つも対応している。

ならば、おっさんには、おばはんだろう。

 

おじさんやおばさんという言葉に比べて、

おっさんやおばはんという言葉は、すこしぞんざいな感じがする言葉だ。

ただ、ここで大切なことは、

ぞんざいな感じがする言葉が存在するのならば、それは、

男性に対しても、女性に対しても存在するのが、自然であろう、ということだ。

 

かりに、おっさんという言葉があるのに、おばはんという言葉がなかったとする。

すると、以下のようになるだろう。

 

おじさんーおばさん

おじちゃんーおばちゃん

おっさんー???

 

これはいかにも不自然ではないだろうか。

いや、不自然なだけにとどまらない。

こういうことをしていれば、

男性のほうはぞんざいに、粗末に扱っていいが、

女性のほうは、大切に、持ち上げて扱わなければならない、といった、

歪んだ認識を助長するおそれもある。

 

自分は、男性と女性は、ともに個人として、

大切に扱われなければならない、と思っている。

女性を大切に扱うのは、なんら問題はない。

けれど、だからといって、男性のほうはぞんざいに扱っていい、

ということには、ならないだろう。

男性、女性の双方が、双方とも尊重され、おたがいに尊重しあう。

そういった社会の在り方こそが、のぞましいとおもうのだが、

どうだろう。

 

おばはんという言葉が、女性を侮蔑しているようで問題だ、とするのならば、

おっさんという言葉についても問題にしなければ、公平ではないだろう。

他方で、そんな小さいことにこだわるな、というのであれば、

おばはんという言葉を使うことも、とくに目くじら立てるほどのことでもない、

というのが自然な帰結になる。