男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

豊田真由子議員の傷害事件。

豊田真由子議員が車内で秘書に罵声をあびせただけでなく、

暴力をふるってけがを負わせたとされる事件で、

秘書は警察に被害届をだし、警察は、

その被害届を受理したうえで、豊田議員から事情をきくなどして、

捜査をすすめる方針だそうだ。

 

徹底して捜査をおこない、真実をあきらかにし、

犯罪にたいしては厳しく処罰することがもとめられると思う。

 

男性であれば、たとえば電車内で、女性と口論になり、

その女性の肩をつかんだ、とか、髪の毛をひっぱった、というだけでも、

その男性は暴行罪で逮捕されてしまうようなことがある。

 

刑事事件の捜査、審理は、公平、公正でなければならない。

男性に対しては厳しくのぞむが、女性に対しては甘くのぞむ、

というようなことは、絶対にあってはならないことだ。

 

自分はなにも、女性に対して厳しくのぞめ、女性をやっつけろ、

などと主張しているのではない。

取り扱いは、男性、女性の間で、

「公平」でなければならない、と言っているのだ。

 

今回の豊田議員の事件では、秘書は、暴行されただけでなく、

けがを負わされるところまで至っている。

であるならば、その捜査は、当然、厳格におこなわれるべきだろう。

豊田議員が女性であるからといって、いささかも捜査の手がゆるめられる

べきではない。

 

悪いことは、悪い。それは当然、きびしく罰せられるべきだ。

男性の悪さは厳しく罰するが、女性の悪さは適当に放置する、

などといったことがまかり通れば、

社会正義も何も、あったものではなくなるだろう。

 

女性が男性に暴力をふるい、けがを負わせることも、

昨今では、かならずしも珍しいことではなくなってきた。

今回の事件もそうだし、家庭内において、

女性から男性に対しておこなわれるDVもそうである。

 

そういったことが発生した場合に、

そういった暴力をうける男性のほうを、情けない男だ、とか、

頼りない男だ、などといったふうに揶揄することがあるが、

絶対に許されないことだ。

 

考えてみれば明らかだろう。

男性が女性に暴力をふるったときには、その男性を、

女性に暴力をふるうなんて最低なやつだ、と厳しく非難する。

他方で、

女性が男性に暴力をふるった場合には、

なんて情けない野郎だ、というふうに、やはり男性を非難する。

 

これって、常識的に考えて、おかしくはないだろうか。

いつも男性ばかりが、サンドバックのようにひたすら攻撃されるの?

女性は、どんなときにも悪くなくて、いっさい批判されないの?

 

それは、どう考えてもおかしいだろう。

女性が間違ったことをしたときには、男性ではなく、

きちんと、その間違ったことをした女性のほうを批判する。

それが、当然のことだろう。

 

これはなにも、女性を攻撃するからそうするのではないのだ。

攻撃され、批判されるのは、

「まちがったことをした」という、その事実、行動に対して向けられた

ものであって、

そして、まちがったことをするのは、

男性だけでなく、女性であることもあるのである。

 

男性のよくない行為に対してはこれを厳しく非難するが、

女性のよくない行為に対してはこれを適当に流す、というようなことは、

社会に無形の害悪をおよぼすことになるだろう。