男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

女性を大切にしよう、か。

女性を大切にしましょう、とか、女性を尊重しましょう、

などといわれることがある。

 

そのこと自体には、自分は、別に反対はしない。

単純に考えても、たとえば、体力の面で女性は男性よりも不利な立場に

あるので、

そういった肉体面での不利を抱える女性を一定程度いたわることには、

それなりの合理性があると思うからだ。

 

ただ、この世の中には、男性も女性も、両方とも存在することもたしかだ。

そして、人間として生まれてきている以上、

男性であれ、女性であれ、個人として尊重されてしかるべきだし、

男性と女性は、お互いにお互いを大切にしあうのが、理想だとも思う。

 

だから、

女性を大切にする、ということ自体は、それはそれでまったく問題が

ないんだけれども、

女性を大切にするいっぽうで、男性はぞんざいに扱ってもいい、とか、

男性をサンドバックのようにたたいていい、とか、

男性をぼろ雑巾のようにあつかっていい、とかいうのは、

それはちがうと思うんだわ。

 

たとえば、学校には更衣室があるよね。

女子は男子に比べて、裸を見られることにはより抵抗があるだろうから、

女子にのみ更衣室をあてがうことは、それなりに合理的だと思う。

女性を大切にする、ということだよね。

 

でも、だからといって、男子は廊下で衆目にさらされながら着替えなさい、

というのは、それは違うと思う。

それは、男性を粗末に、ぞんざいに扱う、ということだよね。

 

女性を大切に扱うのはかまわないけれど、

男性はふつうに、ある程度は大切にあつかわなければいけない。

女性を大切に扱うことだけが必要で、

男性は粗末に、ぞんざいに、いい加減に扱っていい、ということには、

絶対にならないよ。

 

女性の扱いを「〇」とするならば、男性の扱いは、すくなくとも「△」くらいで

ないといけないよ。

男性の扱いを「✕」にまでするならば、それはおかしいし、

そんなことをつづけていたら、社会に無用の男女対立をうむだけだと思うよ。

 

さきの、学校の更衣室の例でいうならば、

女子に更衣室をあてがうならば、すくなくとも男子には、

空き教室を開放すべきだよね。

そしてそれは、そんなにむずかしいことでもなんでもないだろう。

 

もしかりに、女子には更衣室をあたえて、男子は廊下で着替えさせなさい、

というようなことをフェミ団体が言っていて、それが学校現場の運営に

影響を及ぼしているなら、

そういったフェミ団体の存在は、日本社会にとって、

非常に危険であって、排除されなければならないものだろうね。