男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

信用ならない「国産」米。

だいぶ前のことになるが、政府が、

国産米とタイ米をまぜて、ブレンド米として販売しようとしたことがあった。

米不足だったときかもしれない。

詳しい事情はおぼえていない。

そのとき、国民からは、おおきな反発の声があがった。

質の高い国産米と、質の低いタイ米をまぜて販売するとは何事か、と。

 

その当時は、それだけ、「国産」ということには、

おおきなブランド価値があったのだ。

国産の食べ物というのは、美味しくて質が高いことの指標のような

ものだったのだ。

 

ひるがえって、2017年の現在は、どうか。

いまでも、コンビニやスーパーで販売されているおにぎりなどには、

「国産米100%使用」などと書かれていることがある。

この表示は、昔と同じように、信頼に足る証として受け取っていいのだろうか。

 

自分は、そうは思わない。

というのも、2011年に発生した東日本大震災と、それにつづく原発事故

によって、状況はおおきく変わったからだ。

 

近所のスーパーなどでは、いろいろな産地の米が販売されているのだが、

三重県産や兵庫県産、山口県産や鳥取県産といった米は、

比較的早く売れていくのに対して、

岩手県産や新潟県産といった米は、どうも、売れ行きが鈍いように感じられる。

福島県産の米などをおけば、まず売れない。

 

米だけではない。

熊本県産のメロンなども、比較的早く売れていくのだが、

これが茨城県産のメロンになると、やはり、どうも売れ行きが鈍いようなのだ。

 

消費者は正直である。

意識的か、無意識的かはわからないが、あきらかに、

自分が購入する商品を、しっかりと選別しているのだ。

 

そして、2011年のあの惨事がおこってからは、

「国産」ということでひとくくりにしても、もはやそれは、

安全性や質の高さを保証する指標ではなくなったのだ。

なぜなら、「国産」ということでひとくくりにされたもののなかには、

福島県産や東北産がまじっている可能性があるのだから。

 

ふつう、米には、滋賀県産とか、新潟県産とか、

産地が表記してあるのが通常である。

流通大手のイオンは、以前、福島県産と表記された米を販売していた。

もしかしたら、消費者が、応援の意味をこめて購入してくれるかもしれない、

と期待したのかもしれない。

しかし、現実は厳しかった。

消費者も、そこまでお人よしではなかったのである。

そこでイオンは最近は、「国産米」という表記に変えた米を販売しようと

している。

じつに面妖なことではないか。

 

福島県をはじめとした東北地方の復興や発展のためには、

安全性が確認された米などの農産物にかんしては、市場に流通させ、

消費者に購入の機会を提供することは、必要で有益なことと思う。

が、消費者の側にも、どのような米を購入するかの自主的な選択決定権は

あるのであって、

その選択が自由にできるような機会は保障されるべきであり、

国産米であればひとくくりに安全だ、というような「ごまかし」は、

排斥されなければならない、と思う。