男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

自分の浮気は棚に上げてのキチガイババア。

交際男性に消毒液をかけて火だるまにした容疑で逮捕された、

斧裕子容疑者。

 

headlines.yahoo.co.jp

その後の調べで、犯行直前に薬局2店に立ち寄ってエタノールを購入しており、

犯行の計画性がクローズアップされている。

 

また、男性が自分でタバコに火をつけた、というのは、

あくまでこの女容疑者がそう言っているだけのことであり、

真実かどうかはわからない。

真実は、この男性の反論をまたなければ、あきらかではないのだ。

この女容疑者が、自分にかけられた殺人未遂の容疑を免れるために

ウソをついている可能性も濃厚なのである。

である以上、この女容疑者の発言だけにもとづいて、

男性の思慮がたりない、などとするのは、いささか早計であろう。

 

さらには、この女容疑者には、内縁の夫がいたとされる。

であるならば、男性の浮気を消毒、などとのたまっているが、

自分自身の浮気は消毒しなくていいのか、という問題も生じてくる。

浮気ならしかたがない、などとコメントしている輩は、

この点についてどう考えているのだろうか。

浮気を熱殺菌したほうがいいのなら、当然、この女も熱殺菌したほうがいいだろう。

 

自分は、この問題に関しては、

浮気をしたというだけで火だるまにされることは、

それが男性であっても、女性であっても、不当なことだと考えている。

浮気と火だるまは、悪行とそれに対する制裁としては、つりあっている

とはいえず、制裁が感情に流されて過剰になっている、

と感じざるをえないからだ。

 

しかしながら、かりに浮気をした場合には火だるまにしてもやむをえない、

という立場に立脚するのであれば、

その立場に立脚したひとは、その立場を貫徹しなければいけない。

つまり、浮気をした者が男性であっても、女性であっても、

同様に火だるまにすることが求められる。

それが、論理的整合性と公平性からの要請だ。