この世界の不思議

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小林麻央さんの死に思うーその1。

小林麻央さんが亡くなられた。34歳だった。

テレビなどでは、多くの人が悲しんでいる、と報じられている。

小林麻央さんのブログにも、たくさんのコメントが寄せられているそうだ。

 

自分は、小林麻央さんという人を、あまりよく知らない。

もともと、あんまりテレビを見ないこともあって、

芸能ニュースなどに疎い、ということもある。

ずいぶん昔に、恋のから騒ぎにでていた、と言われれば、

そういえばなんか、見たことがあるかもしれない、と思う。

NEWS ZEROでキャスターをやっていた、ともいわれるが、

自分はその番組を見ていない。

だから、結局のところ、あまりよく知らないのだ。

 

自分がよく知っているひと、思い入れのある人であれば、

その死はとても悲しいものとなって自分に襲い掛かってくるだろうが、

いかんせん、小林麻央さんはそのようなひとではないので、

すくなくとも自分は、あまり悲しいなどという感情はわかないのだ。

 

そしてさらにいえば、自分の個人的な事情から、

小林麻央さんの死を素直には悲しめないところがある。

【時流を読む】没落する2003年興隆組。 - 男性差別、ときどき、世界への反逆。

というブログ記事でも書いたのだが、

小林麻央さんという人は、2003年ごろを境にして、運勢が急上昇した

ひとの1人なのである。

2003年ごろを境にして、きらびやかな表舞台へと登場したひとなのだ。

ところが、この2003年という年は、自分個人にとっては、

運勢が急降下をはじめた年なのである。

その後の十数年間、自分個人にとっては、ほんとうにつらい時期が続いた。

つまり、簡単に言えば、小林麻央さんの運勢と自分の運勢は、

互いにシーソーのような関係にあるようなのである。

小林麻央さんの運が絶好調の時、自分の運は絶不調。

小林麻央さんの運が絶不調の時、自分の運は絶好調。

おそらく、そうなるだろうと思う。

こういう、特殊な個人的な事情があるために、自分は、

小林麻央さんの幸福を願うわけにはいかないのである。

実際、小林麻央さんが癌である、という情報が流れたあとも、自分は、

彼女の回復を願わなかったし、彼女のブログもほとんど見に行かなかった。

 

冷酷なようにも思えるかもしれないが、そもそも

運命というものが冷酷なものなのである。

自分の不運は、だれか他人が肩代わりしてくれるわけではない。

彼女は今回、大病と早世というおおきな不運に見舞われたわけだが、

その不運は、だれか他人が肩代わりできるわけではない。

同様に、自分も2003年からの十数年間、非常な不運に見舞われたのだが、

だれか他人がその不運を肩代わりしてくれたわけではないのだ。

幸運も、不運も、自分で受け止めるしかないのである。

それでいえば、ある人間に永遠に幸運をあたえるいっぽうで、

他の人間には永遠に不運をあたえるようなことが、もしかりにあれば、

そちらのほうこそ、よほど残酷ではないか、と思う。

運はめぐりゆく。

幸運はいつまでも続かないであろうし、不運もまた、いつまでもは続かない

であろう。

それが、時というものの性質なのだ。