男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

違和感おぼえる「おとう飯」ーその2。

第二に、この記事の中では、日本の男性の家事への貢献が少ない

ことを例証するために、アメリカやドイツ、スウェーデンといった例を

あげているのだが、

なぜ、そういった国ばかりあげるのだろう。

 

世界には、欧米先進国だけが存在するわけではない。

世界200か国ほどあるなかで、欧米先進国がしめる数は、

ほんのわずかだ。

 

さらには、欧米先進国のありかたが常に正しいわけでもなんでもない。

欧米先進国は、常に目標としなければならない対象でもなんでもないのである。

世界のそれぞれの地域には、それぞれの独自の文化をもった国が数多く

存在するわけで、

欧米先進国とはちがった文化や規範、習慣をもっているから、

それらの国々は欧米先進国よりも劣っているのか、といえば、

全然そんなことはないわけである。

 

それぞれの国の文化の独自性を相互に認め合っていくことこそが、

多様性の尊重ということだろう。

であるならば、日本においても、社会の状況を海外との比較において

考察するさいには、その比較対象が欧米先進国にかぎられている、

というような現状は、いい加減、あらためるべきである。

今回の、男性の家事労働への貢献度合いを検討するさいにも、

中国、イラン、エジプト、韓国、インド、ペルー、といった、多様な国々をも

比較対象にするならば、

おのずとちがった結果があらわれてくるだろうと思うのだが、

いかがだろうか。

欧米先進国をむやみに礼賛するような風潮は、あまり好ましいものでは

ないように思える。

 

 

第三に、今回のヤフーニュースの記事に対するヤフーコメントのなかで、

おそらく女のコメントだろうか、

すごく稼ぎがいいわけでもないのに旦那はえらそうにするな、

といったコメントがあったが、これなどはまさに、

女の知恵は猿知恵であることをあきらかに例証しているように思える。

 

家庭を築き、運営していくためには、目の前のさまざまな課題を夫婦が

協働して解決していくことが必要になる。

その課題には、外で働いて稼いで収入を得ることであったり、家事や育児を

することであったり、いろいろなものがあるのだが、

そこで大切になるのは、公平の観点だ。

夫婦それぞれの、それらの課題を解決する上での貢献度合いが、

公平になるように努めなければならないのだ。

一方だけがすごくしんどい思いをしてすごく貢献しているのに、

他方はあまり貢献せず楽をしている、などといったことは許されないのである。

 

そして、その貢献度合いをはかるうえで大切になるのは、

事実に基づいて客観的に測定する、ということだ。

一方は、実際にはあまり貢献していないのにもかかわらず、

不平不満を感じやすい性質を持っているために、たえずキレたり、愚痴を

言ったりしており、そのために他方はしかたなく、家庭を穏便にまわすために、

相手以上の貢献、負担を背負わされている、などといったことがもしあるとすれば、

それは、事実に基づく公平な課題の分担という観点からは、

決して許されないものである。

 

具体的な事例でいうならば、たとえば、外で働いて稼いでくる仕事に関して、

夫は正社員の勤務で40万円、妻はパートの仕事で10万円稼いできている、

としよう。

とすると、「外で働いて稼いで収入をえる」という分野における夫婦それぞれの

貢献度合いは、夫が80%、妻が20%となる。

この分野における貢献度合いの違いは、家庭内におけるべつの課題を夫婦それぞれ

がどのように分担していくか、ということを考える際には、当然、

考慮要素とならなければならない。

具体的には、もしかりに、この家庭における他の課題が、家事と育児だけだった

としよう。

そうすると、「家事や育児」という分野における夫婦それぞれの貢献

度合いは、今度は、夫が20%、妻が80%になるようにするのが、

全体的な公平の観点からの帰結となる。

 

夫が、他の男性に比べてすごく稼ぎがいい必要など、どこにもない。

すくなくとも、自分の妻に対して、妻よりも稼ぎがいいということが事実と

してあるならば、家事や育児の分担においては、妻のほうの負担を増やす

ようにと要求する発言力を、男性は持ちうるのである。

 

考えてみれば簡単な話だ。

夫が妻よりもすごく稼いでいて家計に大きく貢献しているのに、

家事や育児だけは夫婦ではんぶんこね、では、辻褄があわないだろう。

 

そんな堅苦しいことは言わなくても、お互い思いやりをもってできることを

やっていけば、というひともいるかもしれない。

その考え方には、基本的には賛成である。

が、その思いやりというのは、どちらか一方だけが一方的に行使するよう

求められるものではなく、夫婦の双方がおたがいに発揮するよう求められる

ものだ。

夫が手が空いているからといって家事や育児をするよう求められるのならば、

妻は夫の職場に出向いて夫の業務の一部を手伝うのだろうか。

 

公平性を厳密に追求すると、たしかに堅苦しくはある。

しかし、公平性をないがしろにすると、

いっぽうだけが楽をしてうまい汁を吸ういっぽうで、他方が理不尽なつらい目に

あうこともあるのだ。

家庭を穏便にまわすためには自分が我慢していればいいのだ、と思って日々

過ごしているような構成員が存在する家庭は、

しあわせな家庭でもなんでもない、と思う。