男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

違和感おぼえる「おとう飯」ーその1。

内閣府男女共同参画局という、税金を無駄に使って意味のない「仕事」をする

妙な役所が、「おとう飯」という妙なキャンペーンを張っているとか。

なんでも、家庭において夫が家事に参画するのを増やそうとする試みの

ようなのだが、

男性からも女性からも非難が殺到して、さっそく炎上しているという。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

このことに関して、以下の点を指摘しておきたい。

 

まず第一に、男女共同参画というのは、男性と女性がともに社会に参画して

いくことを目指すもののはずである。

男性の犠牲のうえに女性が幸せになったり、女性の犠牲のうえに男性が幸せに

なったり、といったことは、いずれも本来の趣旨からははずれるわけで、

そこでは、公平性という観点が非常に大事なものになる。

男性のみを優遇する施策であったり、女性のみを優遇する施策であったりすれば、

不公平を感じた側の性は反発をおぼえ、結局はうまくいくことはないだろう。

 

男女共同参画局の提唱するキャンペーンは、イクメンであったり、祖父リエ

であったり、今回のようなおとう飯であったり、

いずれも、男性の側の義務や負担、責任を増やそうとする施策ばかりのようにも

思えるのだが、これで本当に、男性の側の十分な理解と支持をえられるなどと

考えているのだろうか。

社会には、男性も女性も存在する。社会の半分は男性で、半分は女性だ。

だとするならば、ある施策をおこなうばあいにも、

女性の支持がえられれば十分であって男性が支持するかどうかなど

どうでもいいことだ、などとする態度は、あきらかに的外れなものである

といえるだろう。

男性側に義務や責任、負担を課すのならば、女性側にも義務や責任、負担を

課すのが、公平の観点からの帰結であるはずだ。

あまりにも不公平なことばかりをおこなっていては、男性が結婚そのものから

逃避する流れは、さらに加速していくことになるだろう。

男性というのは、冷静なものである。

女のように、ヒステリックに声高に自分の権利主張をおこなったりはしない

ところがある。

ただ、そうであるからといって、不公平な現状に怒っていないかといえば、

そういうわけではない。

男性の怒りは、物言わぬ怒りだ。

不公平な現状が積み重なっていけば、無言で結婚から退避していくだろう。