男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

1円玉は、拾わないほうがいい。

1円玉が道に落ちていたら、皆さんは、拾うだろうか。

 

1円玉でも大切なお金、1円を笑うものは1円に泣く、なんて思って

拾う人もいるだろう。

1円玉を拾うなんて馬鹿らしい、と思って、拾わない人もいるだろう。

 

書店に行けば、自己啓発の本が並べられてあるコーナーがある

ことがある。

そのコーナーには、斉藤一人、という人の書いた本があることがある。

 

この人などは、1円玉を拾うことを推奨している。

なんでも、1円玉を大切にしてやると、その親である100円や、

1000円や、10000円といったお金が、

連れ立って自分のところにやってくるそうだ。

斉藤一人に限らず、ネットをみていると、

1円玉を拾うことを推奨しているひとは、ちらほらいる。

 

 

自分も以前は、1円玉を拾うようにしていた。

が、最近になって、1円玉を拾うのをやめた。

 

かつて1円玉を拾っていたとき、自分は、金運をはじめとしたいろんな運が、

非常に悪かった。

ところが、1円玉を拾うのをやめてから、

金運をはじめとしたいろんな運が、なんだかよくなってきたのである。

不思議なことに、1円玉を拾うのをやめてから、

100円玉をよく拾うようにもなってきた。

 

 

1円玉を拾うというのはどういうことなのか、

この宇宙にどういうメッセージを発する行為なのかを、考えてみよう。

 

道に落ちている1円玉を発見し、かがみこんで拾い上げ、

ポケットから財布をとりだし、1円玉を財布に入れ、

ふたたびポケットに財布をもどして歩き出す、

この一連の行為に、10秒かかるとする。

すると、10秒かけて1円を手に入れたことになる。

これは、時給に換算すると、時給360円で仕事をしたことに相当する。

 

つまり、1円玉を拾うという選択をすると、自動的に、

時給360円で仕事をすることをも、選択することになってしまうのだ。

と同時にそれは、

私は時給360円で仕事をする人間です、というメッセージを、

この宇宙にむけて発信する行為でもあるのだ。

どうだろう。

こういうふうに考えてみると、1円玉を拾うという行為は、

自分の金運にとっては、いささかマイナスになる、というふうには

思えてこないだろうか。

 

この世の中には、お金があって、従業員をやとって事業をおこなう、

資本家という存在がいる。

資本家からすれば、安い時給でも喜んで働いてくれる人間が

世の中に増えれば増えるほど、自分にとっては、好都合だ。

斉藤一人も、そんなお金持ちの一人である。

彼が1円玉を拾うのを推奨する論理を、額面通りには受け取らない

ほうがいいかもしれない。

 

では、どうすればいいのだろう。

 

答えはかんたんだ。

もうすこし、金額の高いお金だけ、拾うようにすればいいのである。

5円玉以上しか拾わないならば、

自分は時給1800円未満では働きません、というメッセージを発している

ことになる。

10円玉以上しか拾わないならば、

自分は時給3600円未満では働きません、というメッセージを発している

ことになる。

個人的なことをいえば、自分はたぶん、10円玉以上でないと、

拾わないだろうと思う。