男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

大阪都構想失敗は、説明不足が原因ではない。

大阪維新の会は、2015年の住民投票で結論の出た

大阪都構想を、

またぞろ復活させようとしている。

その理由として維新があげていることのひとつが、

さきの住民投票では説明不足だった、というものだ。

 

しかしながら、さきの住民投票大阪都構想がNOをつきつけられたのは、

説明不足が原因なのではない。

 

たとえば、ここに、1+1=5である、という考えを標榜する団体が

あったとしよう。

その団体は各地で説明会をひらいたり、CMをさかんにうったりして、

なんとかこの、1+1=5であるという考え方をひろめようとする。

でも、実際には、あまり支持は広がらなかった。

すると、その団体の幹部は言うのである。

われわれの説明不足だった、と。

 

いやいや、ちがうだろ。

おまえらの意見に支持が広がらないのは、説明不足だったからではなく、

1+1=5っていう考え方が、そもそも間違っているからだろう。

そんなもん、いくら丁寧に説明したって、

支持が広がるはずはないわ。

 

維新の大阪都構想についても、同じようなことが言える。

あれは、あきらかに大阪市民の財布を大阪市民から奪い、

大阪市民の自主的な決定権を奪うものだ。

端的に言えば、大阪市民にとっては、なんらメリットがない。

前回の投票運動では、維新による恣意的なデータねつ造も取りざた

された。

丁寧な説明どころか、非常に不誠実なのである。

 

大阪都構想は、まちがいなく、大阪市民を不幸にするだろう。