男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

【ドラゴンボール】神龍に、なにをお願いするか。

ドラゴンボールという、マンガ、アニメがある。

いちばん基本になる世界設定はこうだ。

世界中に、ドラゴンボールとよばれる7つの玉が散らばっている。

どこに、玉があるのかは、わからない。

さまざまな冒険をして、その7つの玉をひとつに集める。

すると、神龍があらわれて、

7つの玉を集めた者の願い事を、1つだけ、かなえてくれるのだ。

 

これはもちろん、フィクション、ファンタジーである。

が、自分は、この世界設定に、

この世界の秘密に共通するなにかが、ひそんでいるような気がする。

 

ドラゴンボールでは、集めるのは、7つの玉という、

具体的な物だった。

また、それが散らばっているのも、この世界という、

具体的な空間だった。

 

だが、自分はこう思った。

この世界の森羅万象の背後には、それをたばねるような原理というか、

かくれた真理のようなものがひそんでいる。

それは、目にはみえない、感覚器官ではとらえることのできないものだ。

具体的な森羅万象のなかには、そのあちこちに、

真理のかけらのようなものがひそんでいる。

その、一見したところでは、遠く離れたような、

相互にまったく関係がなさそうな真実のかけらを、

慎重に注意深く拾い集めて、

拾い集めてというのは、具体的な物を拾い集めるのではなくて、

そういった真実のかけらに、頭脳でもって注意をむけて、

そして、その相互に関連がなさそうなもの同士のあいだに、

理でもって関係を見出し、

やがて、壮大な体系、かくれた法則性にまとめあげていく。

まとめあげていく、というのも、もちろん、

自分の頭の中でまとめあげていくのである。

その法則性、体系は、発表してもいいし、しなくてもいい。

発表すれば、世間の人も、ああ、そうなのか、と知ることはできる。

ただ、知ることはできたとしても、

それを見出し、体系化したその本人と、まったく同じ頭脳を手に入れる

ことは、できない。

この世界の森羅万象に散らばっていた真実のかけらに、

注意深く目をむけ、それらのあいだに関係を見出し、

やがて壮大な体系、法則性にまとめあげていったひとの、

そのひとの頭脳というのは、

通常の一般人の頭脳とは、異なったものになるだろう。

その、通常の一般人の頭脳とは異なった頭脳を手に入れた、その張本人は、

その張本人のみは、

自らの願いを自由にかなえることのできる、

神通力のようなものを手に入れることができるのではないだろうか。

 

では、その願いは、どのようにして実現するのだろうか。

ドラゴンボールというマンガでは、神龍があらわれて、

その神龍に口頭でお願いしなければならず、

また、かなえてもらえる願い事も、1つだけだった。

が、自分は、この世界のかくれた真理を見出し、それを見出すに至る

頭脳をもつことになった人の願いというのは、

べつに口頭でだれかに伝える必要はなく、

そのひとの感情が望むように、世界のほうが変化していくものではないか、

と思う。

つまり、なにかを為す、のではなく、世界のほうが自然にそう成る、のだ。

そして、その願いには、1つだけというような制限はかからず、

おそらく、無限に願いがかなうことになろう。

 

では、もし仮に、そんな夢のような地位を手に入れたのなら、

自分は、なにを願うだろう。

 

自分はたぶん、女を願うだろう。

ただし、そこでいう女というのは、

愛するたった1人の女と添い遂げる、というような類のものではない。

ハリウッド映画などでは、主人公が、最後には愛する1人の美女とハッピーになる

ような結末が描かれることが多くて、

あたかもそれが、人間の至上の夢、至上の願い、至上の幸福であるかのように

思わせてくるが、

自分は、そのようなものには、まったく魅力を感じない。

自分がいう女というのは、

歴史上の中国の王朝が設けた後宮のようなものだ。

唯一者としての地位にもとづき、同意を経ることなく、

自由にみずからの性欲を思う存分に満たせる。そのようなものだ。

 

もっとも、このような夢は、現実的ではないだろう。

けれど、そもそも、夢が現実的である必要が、いったい、どこにあろうか。

夢なのだから、どこまでも、想像力の及ぶ限り自由に、

自分の好きなように、夢を見ていいのではないだろうか。