男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

メデューサの髪は、なぜ蛇だったのか。 2

黒白、黒白黒白、黒白黒白黒白黒白、

と、内部分割と撹拌をすすめるごとに、

1つ1つの黒と白はそれぞれ、どんどん小さくなっていき、

黒と白のあいだをへだてる境界線の数は、

どんどん増えていくんだよね。

だとするならば、

1つ1つの黒と白の大きさが、ゼロになってしまうほど

小さくなったときには、

境界線の数は、たぶん、かぎりなく多くなっているのではないだろうか。

つまり、無限大。

 

そうなのだ。

黒と白という存在が多少なりとも残っているならば、

自分とはことなる他者というものが存在するわけで、

それは理のかたちであったのだが、

ついに黒と白がゼロになってしまったような状態では、

もはや、理のかたちは存在せず、矛盾が発生する。

そして、矛盾が発生するまさにその瞬間に、

矛盾内部において、境界線が無限大に増殖するのだ。

 

ここで、無限大というものについて考えてみよう。

無限大というと、かぎりなく大きな数、というふうに

なんとなく思ってしまうかもしれない。

では、

9999999…9999999、

これは、無限大だろうか?

 

いやいや、無限大はかぎりなく大きいんだから、

その続きがまだ続いていくよね。

さらに数をつづけてみよう。

9999999…999999999999999、

これは、無限大だろうか?

 

いやいや、無限大というものをなめてはいけないよ。

無限大は、かぎりなく大きいんだから、

そんなところでとどまるはずはないよね。

さらに数がつながるはずだよ。

 

999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999…9999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999…

 

きりがないよね。

無限大は、どこまでもつづいていくもの。

それは、ふつうの意味での数ではない。

つねに、増えよう、増えようとするなにか、

それをあらわした概念のようなものなのだ。

 

とすると、無限大について、ひとつのことがわかる。

つまり、無限大というのは、その端っこ、末端部分において、

つねに増えようとする、増殖プロセスをもっている、

ということなんだ。

 

いっぽうで、理について考えてみようか。

矛盾が発生すると同時に、理のかたちは消えた、と言ったよね。

全体領域は最初、黒と白に二分されていたが、

どんどん分割、撹拌をかさねていって、

1つ1つの黒と白がついには存在できなくなったとき、

そのとき、理のかたちは消える、って言ったよね。

じゃあ、そのとき、理というものは、

ほんとうに完全に消滅したんだろうか。

どこにも、理は存在しなくなってしまったんだろうか。

 

自分は、こんなふうに考えた。

当初の全体領域というのは、いってみれば、

ひとつの世界、ひとつの宇宙なんだ。

そこから理が消滅したということは、

その世界においては

理が存在できなくなった、ということ。

では、その世界において存在できなくなった理は、どうなるんだろうか。

 

自分は、こう考えた。

そのとき、理の、外部世界、外部宇宙への放出が起こるのではないか、と。

当初の全体領域においては矛盾が生成したために、

理は、もはやその世界においては存在できなくなった。

その世界においては存在できなくなった理は、

完全に消滅してしまうのではなしに、

その世界ではないほかの世界、ほかの宇宙、

いってみれば、外部世界、外部宇宙に放出されるのではないか。

 

この放出について、さらに考えてみよう。

矛盾が形成されると同時に、その世界にあった理は外部に放出された。

とすると、

矛盾=放出するもの、理=放出されたもの、ということになる。

このことは、見方をかえれば、

矛盾が理を産みだした、とみることができる。

矛盾=産むもの、理=矛盾によって産みだされたもの、

ということである。

そして、この自然界においては、

たとえば人間をはじめとした動物なんかがそうなんだけれども、

産むものは女性であり、母である。

とすると、矛盾と理のあいだにも、

矛盾=母、理=子、という関係が存在する、とみることができる。

つまり、

矛盾と、矛盾がうみだした理のあいだには、

母子関係が存在することになるのだ。

 

ここまで、矛盾や理といった、抽象的な原理について話してきたが、

ここで、そういった原理、世界の生成の原理と、

人間の体のかたちの対応関係について考えてみよう。

人間のからだにはこの世界の秘密がかくれている? - 男性差別、ときどき、世界への反逆。

というブログ記事でも書いたように、このブログの主は、

人間の体のかたちには、この世界の秘密がかくれている、と考えている。

 

人間のあたまには、髪の毛がはえているよね。

このブログの主は、しばしば、髪の毛は、この世界のはじまりに存在した

矛盾に対応している、という話をしてきた。

髪の毛っていうのは、

極めて細い1本1本の髪の毛が、無数に集まったかたちをしているよね。

これは、

矛盾において、極めて細い境界線の数が無限大になっていることと

対応しているのではないか。

そして、髪の毛っていうのは、抜けては新しい髪の毛がつぎつぎと生え、

そして、生えた髪の毛はどんどん伸びようとするよね。

つまり、髪の毛はつねに、増えよう増えようとする。

これは、矛盾において無限大に増殖した境界線の、その無限大という性質に、

先に見たような増殖プロセスが存在することと関係しているのではないか。

さらには、

髪の毛はなんで人間のあたまにはえているのかな?

と考えたときには、通常、それは、

人間のあたまを衝撃などから守るため、という答えをするひとが多い

と思うけれども、

さらにつっこんで、ではなぜ、髪の毛は頭をつつみこんで守ろうとする

のか、といえば、それは、

髪の毛とそれが守っている頭のあいだには、

髪の毛=矛盾=母、頭=理=子、という母子関係が存在していて、

つまりは、髪の毛にとって頭というのは、

自分が産んだ子に他ならないから、それで、

まるで大切なものでも守るかのように、

包み込んで守っているのではないだろうか。

 

つづく