男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

イチローの時代も、終わりだ。

イチローは引退すべき時に来ているのではないか、

と、ヤフーの特集記事。

 

news.yahoo.co.jp

 

自分もまったく同意見だ。

この記事についているフェイスブックコメントをみると、

イチローは偉大だ、まだまだやれる、

などといったコメントが目につくが、

自分は、まったくそうは思わない。

 

イチローが過去に偉大な選手であったことは、だれもが認めるところだ。

しかし、どんな偉大な選手でも、年はとる。

スポーツ選手は基本的に、若いうちが旬である。

年をとり、旬を過ぎた選手が衰えに見舞われるのは、

スポーツというものの性質上、しかたのないことだ。

 

日本人も、日本のマスコミも、

イチローがいつまでも素晴らしいパフォーマンスをしつづけ、

永遠に偉大であり続けるかのようなふうに考えがちだが、

しっかりと現実を見つめる必要がある。

 

あきらかに、イチローは、旬をすぎた選手だ。

過去にイチローがはなばなしく活躍できた時代はたしかに存在したが、

その時代は、いまや過ぎ去った。

 

イチローだけではない。

ここ数年、注意してみていると、おおきく時代がかわろうとする

その息吹を感じとることができる。

1990年ごろからはじまった平成という時代、

その平成という時代が、今上天皇生前退位によって幕をおろそうと

しているいま、

平成という時代とともに活躍した面々もまた、

その活躍が終わりの時をむかえようとしているのだ。

SMAPしかり、将棋の羽生善治しかり、そして、イチローしかりである。

かれらのまわりから、さーっと潮がひくように、

勢いをうしないつつあるのが見て取れるはずだ。

 

時代は新しくなろうとしているのである。

そんなときに、いつまでも過ぎ去った時代のほうに心惹かれ、

それにしがみついていても、なんのいいこともあるまい。

むしろ、あたらしい時代のほうを積極的につかみにいったほうが

いいのではないだろうか。

 

イチローはもう引退すべきだ。

いたずらにずるずると続けて晩節を汚すのは、見苦しい限りだ。

これからもしつこく続けるなら、

彼のプレーは次第に悲惨極まるものになっていくだろう。

自分は、イチローをまったく応援しない。