男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

ブームの去った断捨離。

断捨離、というのが、かつてブームになった。

簡単にいえば、ものをどんどん捨てましょう、という運動である。

関連書籍もたくさん出版され、

メディアにもおおくとりあげられた。

 

そして現在。

断捨離のブームは、過ぎ去った感がある。

 

断捨離は、ものをどんどん捨てましょう、

いらないものを持たない暮らしにしましょう、そうすれば、

不要なものも買わなくなります、と主張する。

一見したところ、嫌消費の流れをくむものなのかな、と思えるが、

じつは、消費主義がかくれている。

 

企業としては、ものをどんどん買ってもらいたい。

消費者がものをため込むようになると、あたらしい商品が売れないので、

企業としては困るわけだ。

消費者がものをどんどん捨てるようになれば、

企業としては、渡りに船、である。

捨ててものがなくなったら、消費者はものを買わない生活に移行するか、

といえば、もちろん、そういうひともいるだろうが、

気がかわるひともいるだろう。

気がかわったひとは、どうするかといえば、

ものは捨ててしまって、もうないので、

あたらしく商品を買うしかなくなるのだ。

 

お金持ちになるためには、いろんな方法があるだろうが、

そのひとつの方法に、

ものを大切にして、不要なものを買わない、というのがある。

ものを買っては捨て、買っては捨て、を繰り返していたら、

お金が目減りするだけで、

お金持ちになる道からはほど遠い。

 

不要なものを買わない、これは、

お金持ちになるために大切なことである。

しかし他方で、ものを捨てましょう、というのは、間違っている。

必要なもの、あるいは、将来必要になるかもしれないもの、

これは、とっておく必要がある。

そうすることで、将来、お金が出ることを防げるのだ。

 

不要なものを買わずに、ものは捨てましょう、ではなくて、

不要なものは買わない一方で、必要なものはとっておきましょう、

というのが、正しいあり方ではないだろうか。

 

ものを捨てることで新たないい運気が入ってくる、

なんてことをいうひともいるが、

いくぶん、スピリチュアルな感じがして、

本当なのか、という疑念がわく。

 

ものをどんどん捨ててしまって家の中にほとんど物がない暮らし、と、

家の中に物が散乱してゴミ屋敷のようになっている暮らし、の、

2つしか選択肢がない、と考えるのは、極端な考え方だ。

不要なものはほとんどないけれど、必要なものはそれなりにそろっている、

という、中庸の暮らしのありかたも、あるのではないだろうか。