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男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

話を聞かない男、地図が読めない女。

話を聞かない男、地図が読めない女、

というタイトルの本がある。

アマゾンのレビューをみると、高評価、低評価、

いろんな評価がけっこうついている。

 

でも、このタイトル、なんだかおかしくはないだろうか。

 

おかしいと感じるのは、このタイトルが、非対称だからだ。

地図が読めない女、とある場合に、

地図が読めなくて困るのは、読めない本人である女自身だ。

地図を読む能力がない、ということである。

 

では、話を聞かない男、とある場合に、

男が話を聞かなくて困るのは、いったい、誰なんだろう。

男は、話を聞かないことから、相手の話から有益な情報を

得る機会をみすみす逃すことになるかもしれない。

でも、べつに困りはしないだろう。

情報をしっかりと得たい、と思うなら、男でも、

真剣に相手の話を聞こうとするだろう。

それをしないということは、べつに情報なんか得られなくても

いいや、と思っているか、

相手の話には聞く価値がない、と男が判断した、ということだ。

つまりは、聞かない、という選択であって、

聞けない、という能力不足によるみずからの苦境、

などではないのだ。

 

男が話を聞かなくて困っているのは、

自分の話を聞いてもらえない、女のほうなのだ。

つまり、

話を聞かない男、地図が読めない女、というタイトルは、

いかにも、

男性はこういう特徴、女性はこういう特徴、というように、

男女の特徴を並記したような体裁をとってはいるが、

実際には、

女はこういうことで困っている、

ということしか、言っていないわけなのである。

そして、

話を聞かない男、地図を読めない女、とならべて書くことで、

男女それぞれの欠点をあげているかのように見えるけれども、

じつは、

地図を読めないというのは、ふつうの欠点のひとつでありながら、

話を聞かないというのは、

女にとって都合が悪い、女の利益になっていない、

という点が、ことさらに欠点としてあげつらわれているのだ。

 

女の利益にならなければ、それは欠点なのだろうか。

そんなバカな話があるか。

繰り返すが、

女は地図を読めなければ困るだろうが、

男は相手の話を聞かなくてもべつに困りはしない。