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男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

【今治殺人事件】犯人を必ず逮捕し、処罰せよ。

愛媛県今治で、高齢の親子が女に襲われ、90代の母親が

殺害されるという事件がおこった。

その少し前には、高齢女性の他殺体も、その近所で発見されている。

 

非常に残忍で卑劣、かつ、凶悪な事件だ。

かりに、この2つの事件が関連があるとすれば、

犯人は2人を殺害したかもしれず、

死刑による処罰も視野に入ってくる。

それほどの凶悪な事件だということをしっかり念頭においたうえで、

警察は、絶対にこの卑劣な犯人を検挙する必要がある。

 

この事件にかんしては、さまざまな観点から検討、論評することが

できるだろうが、自分は、

このブログのスタンスからも、男女論の観点から論評したい。

 

まず第一に、この事件の犯人は、女、と呼称されるべきであり、

女性、などと呼ばれるべきではない。

悪いことをした、犯罪をおかした、となれば、

それを非難するのに、男女のべつはないはずである。

ふだん、犯罪をおかした男を、さかんに容疑者の男、と言っている

のならば、

当然、女が犯罪をおかした場合にも、容疑者の女、と言うべきだ。

 

第二に、この事件の犯人は、警察は全力で検挙する必要がある。

安易に、迷宮入り、などということが語られてはならない。

犯罪の凶悪さ、ということでいえば、

50人近くの犠牲者が発生していると考えられる、

大口病院殺人事件や、すくなくとも2人の犠牲者がでている可能性

のある、今回の今治殺人事件は、

1人しか犠牲者のでていない千葉少女殺害事件よりも、

はるかに凶悪である。

千葉少女殺害事件においては、警察はすばやく犯人を逮捕し、

人びともあれほど犯人を非難したのだろう。

だったら、大口病院殺人事件や今治殺人事件においても、

容疑者が女の可能性があるからといって、いささかも捜査の手を

ゆるめるべきではなく、人びともまた、

不可思議な事件だ、などと生ぬるいことを言っているのではなくて、

容疑者、犯人を厳しく指弾すべきである。

考えてみればわかることだ。

悪いことをやったということに、男女のちがいはない。

悪いことをやった男性は厳しく非難されるのに、

悪いことをやった女は甘々に対応される、では、

こんな不公平、不条理なこともあるまい。

 

第三に、犯人が女であるということを、

裁判、審理において、犯人に有利になるように斟酌してはならない。

淡路島の洲本での殺人事件では、

犯人は、精神障害の疑いが濃厚であるにもかかわらず、

神戸地裁は、死刑の判断をくだした。

同様の論理は、犯人が女である場合にも、当然、貫徹されるべきである。

今回の今治殺人事件の犯人に、かりに精神病の疑いがあったとしても、

それだけで安易に無罪を言い渡してはならないことは、

いうまでもない。

もしそれをやれば、洲本殺人事件において、精神病の疑いがあるにも

かかわらず死刑を選択したこととの整合性がとれなくなるだろう。

 

公平性、整合性、理といったものは、とても大切なものだ。

 

※追記

今回の事件にかんして愛媛県警が事情を聴いていた女が、

自殺したとの報道がはいってきた。

真相が明らかにならない、という点においてのみ、最悪の結末

だが、

女が死んだということそれ自体は、最悪の結末ではない。

かりに今回の事件の犯人であったのならば、

自らで自らに死刑を執行したとも言え、

女の死を望むものからすれば、まずは一安心である。

社会からゴミがひとつ除去された、ということだからだ。

 

今回の自殺を受けて、考えなければならないことは、なにか。

第一に、本当に犯罪を犯していないものが、事情聴取を受けただけで

自殺をするものなのかどうか、ということ。

第二に、高齢の親子がおそわれた事件では、息子のほうが犯人を目撃

している。

その息子に、今回自殺した女の顔を確認させれば、真相解明に役立つ

のではないか、ということ。

第三に、今回自殺した女が、やはり犯罪をおかした疑いが濃厚である

のならば、被疑者死亡のまま送検すべきである、ということ。

第四に、今回の自殺に関しては、警察の不手際が指摘されているが、

それにもかかわらず、いちばん悪いのは、殺人をおかした女である、

ということ。

第五に、今回の自殺をうけて報道各社は、事情聴取をしていた女、

という表現から、事情聴取をしていた女性、という表現にあらためる

動きをみせているが、

そうであるならば、

事情聴取をしていた男性被疑者がかりに自殺した場合にも、

同様に、男性と呼称すべきである、ということ。