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男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

女児の陰部に襲いかかる噴水。

最近のニュースから。

昨年、大阪のある公園で、噴水のちかくで遊んでいた女児が、

噴水からいきおいよく噴き出してきた水によって陰部に重傷を負い、

救急搬送されたが、

最初の病院では止血することができず、転送されるという事件があった。

 

この悲惨な事件が発生した原因は、なんだったのだろう。

 

それは、両親が注意書きを無視したことにある。

その噴水の周囲には、噴水内は立ち入り禁止ですよ、という注意書き

がしてあった。

通常の判断能力を有する一般人なら、

この噴水には立ち入ってはいけないのだな、ということは、

容易に理解できるはずである。

そういう注意書きがしてあるということは、

噴水内に立ち入ると、たぶん、なんらかの危険がある、ということなのだ。

だから、危ないから入るな、と言っているのである。

 

そんな噴水内に立ち入ったとしても、しかし、いつもいつも事件が発生し、

危険が現実化するとはかぎらない。

何事もなく遊んで、無事に帰れる場合も多いだろう。

現に、その噴水の周囲では、十数人の幼児が遊んでいることも珍しくなかった、

という。

 

ただ、そうであるからといって、

危険がまったくなくなった、ということにはならないし、

噴水内で遊んでよいことになった、ということにもならないのである。

横断歩道を信号無視してわたるものが100人になったら、

信号無視は合法化されるようになる、わけではないことは、明らかだろう。

噴水内で十数人が遊んでいたとしても、その十数人は依然として、

規則に違反していることには、かわりはないのである。

 

そして、この規則に違反する行為をおこなった者に対するリスクが顕在化

するのが、まさに、今回のような事件が発生した場合なのだ。

公園管理者側は、はっきりと、噴水内には立ち入るな、と警告している。

噴水内に立ち入る行為がよくないことと知りながら、

あえてその行為にでたのは、両親の側なのだ。

なんの事件も発生せず、無事に遊んで帰れる場合には、問題はあらわれない。

しかし、いったん事件が発生すると、

一切の責任はその規則を破った側が負わなければならない、というかたちで、

リスクが表面化するのだ。

当然のことである。

理は、公園管理者の側にある。はっきりと警告しているのだから。

事実をどう曲解しようとも、この公園管理者に対して損害の賠償を

求めることができないのは、あきらかなことだ。

損害の賠償というのは、当然、お金がからむ。

地方公共団体が損害の賠償に応じるということは、その原資として、

一般市民の税金が使われる、ということだ。

過失という自らの責任によって損害をまねいた一私人のために、

公金が理由なく使用されてよいはずはない。

 

そして、今回の事件は、まさに一罰百戒という側面がある。

立ち入りを禁止されている噴水の周囲で子供を遊ばせていた親に

対しては、無慈悲な警告となったことであろう。