男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

女に容赦のない太公望②-痴漢冤罪もあっさり撃破。

太公望は、女に容赦がない。

事例を封神演義からひろってみよう。

ちなみに、封神演義とは、昔の中国でかかれた小説だ。

以前に、藤崎竜が同名のマンガをジャンプで連載していたことがある。

中国古代において、周が殷をほろぼした。

その事績に、仙人同士の戦いという架空の設定をもくわえて

娯楽小説にしたのが、封神演義だ。

そうである以上、実際の史実とは異なる点が多々あると思われる。

ただ、その小説がひろく中国で受け入れられてきたという事実から、

中国大陸においては、ひとびとがどんな考え方をするのか、

ということを理解する手掛かりにはなる。

中国大陸、東洋における考え方は、西洋におけるそれとは異なる。

ときにそれは、女を容赦なくこきおろす。

 

封神演義の話。

太公望は、その当時、殷の都である朝歌にいた。

太公望は崑崙山で修業し、仙術の心得があったので、

それをもとに占いの店でも開いてみたらどうか、と知人にすすめられて、

朝歌の街中で占いをやっていた。けっこう繁盛していた。

その占い店の人気ぶりを目にして、自分も占ってもらおうか、

と思ったのが、三妖の1人である、玉石琵琶精である王貴人だ。

三妖というのは、九天玄女によって、殷を滅亡させるべく招集された

3匹の妖怪である。

そのうちの玉石琵琶精というのは、玉石でできた琵琶が、

長い年月の間、日月の精気を浴びて、ついには人間の姿をとることが

可能となった妖怪である。

王貴人となった玉石琵琶精は、妙齢の美しい女性の姿に化けていた。

ともあれ、その玉石琵琶精は、「ちょっと私も見てくださいな」

と言って、太公望のまえにあらわれた。

太公望は一目見て、これはただの人間ではない、ということを察した。

しかし、そんなことはおくびにもださず、

「どれ、見てあげましょう」と言うと、玉石琵琶精である王貴人の

腕をとり、その脈の部分をしっかりとおさえ、逃げられないようにした。

そして、その正体を暴くべく、じりじりと術をかけはじめた。

危険を察知した玉石琵琶精である王貴人は、

とっさに叫び声をあげた。

「ちょっと、みなさん、助けてください!この、いやらしい老人が、

 私の腕をつかんで、はなそうともしないんですよ!」と。

それを見たまわりの人びとは、口々に太公望をののしりはじめた。

「なんだ、いい年をして、美人に悪さをはたらくとは、けしからん

 野郎だ」などと言いながら。

いまでいうところの、痴漢冤罪である。

しかし、ここからが、太公望の容赦ないところである。

いま、もし仮に、太公望がその女の脈の部分から手をはなしてしまうと、

玉石琵琶精が逃げ去ってしまうおそれがあった。

太公望はその旨を述べ、かかるのちは、国王である紂王のまえで、

真偽を明らかにしたい、といって、その宮殿にむかった。

紂王の前にいたった太公望は、そのような事情をのべ、

この妖怪の正体を明らかにするためには、この女を薪の上にのせ、

火をかける必要がある、といった。

実際、そのようになった。

しかし、いくら燃やしても、正体があらわれなかった。

「妖怪の正体があらわれないではないか」と紂王はなじったが、

一方で、たしかにおかしなところもあった。

ふつうの人間であれば、燃やせば、しばらくののちには灰になってしまう

ところであろうが、この女は、いつまでたっても、もとの姿のままだった。

たしかに、ただ者ではなさそうだ。

太公望は法力を行使し、三昧火という特殊な火で焼きつづけた。

ついに、玉石琵琶精である女は、

太公望よ、おまえとわたしのあいだには、何の恨みもないはず

 なのに、どうしてそんなにわたしをいたぶるのか」と叫んだ。

そして、女は、正体をあらわした。

女の姿は消え、あとには、石でできた琵琶がのこった。

 

今日、痴漢冤罪というものが発生すると、

男性が一方的に不利な立場にたたされる。

おまえが痴漢をやったんだろう、あいつは最低な野郎だな、

なんて具合に、男性をおとしめることがおこなわれる。

しかし、太公望は、痴漢冤罪をしかけた相手を、逆に撃退してしまう。

そして、このような内容をもつ作品に、

中国民衆は、喝采をおくってきた、ということだ。

 

これが、東洋の、西洋とはちがうところである。