男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

壁をなくすことは、ほんとうにいいことか。

アメリカでトランプ政権が、メキシコとの国境沿いに壁を建設しようとしている。

トランプ政権に批判的なひとたちは、これを批判し、

壁ではなく橋を、などとプラカードで訴えたりしている。

 

限界を突破することは、しばしば、壁をこえる、などといわれる。

相手との間に壁をかまえるというのも、しばしば、

マイナスのイメージでとらえられがちだ。

でも、壁ってそんなに悪いものなのだろうか。

 

自分は、それは違うと思う。

もし、自分の家の周りや部屋の周りに、いっさいの壁がなかったら、

とても安心して暮らすことなどできないだろう。

人間の歴史では、しばしば戦争というものが発生したが、

城の周りや都市の周りにまったく壁がなかったら、

侵略軍に対して抵抗することも、容易ではなかったにちがいない。

津波に対して防潮堤、防波堤という名の壁がなかったり、

河川の氾濫にそなえる堤防という名の壁がなかったりしたら、

きっと、被害はもっと甚大なものになるだろう。

 

壁というのは、自分たちを守ってくれる大切なものなんだ。

 

橋があれば、違う人たちと交流することができる。

壁がなければ、違う人たちと交流することができる。

そして、交流や交易は一般的に、利益をもたらすものだ。

利益がある、というのは、プラスが手に入る、ということだ。

 

壁の役割は、それとはすこし異なる。

壁は、自分たちを攻撃する邪悪なもの、自分たちに被害をもたらすものから、

自分たちを堅固に守ってくれるものだ。

つまり、マイナスを防ぐ、というのが、壁の大切な役割なんだ。

 

人間がしあわせに暮らしていくためには、

プラスを手に入れることだけではなくて、マイナスを防ぐことも

しっかり考えておかないといけない。

壁はそのために大切な役割をはたすものだ。

 

そして、その壁は、目に見えるものばかりではない。

他人と付き合う際に、ことさらに他人との間に壁をもうけないひとは、

気の置けないひととして、人から好かれる傾向にある。

そこには、人と付き合ううえでの、楽しさがある。

でも、自分のいいたいこともはっきりと主張し、

理不尽な要求に対してはきっぱりとはねつける壁をもたなければ、

ひととの付き合いのなかで、しなくてもいいような損をしたり、

他人に利用されたり、他人のせいで迷惑をこうむったりすることがありうる。

他人との間に健全な壁を築くことができる人は、

そういった苦しみにあう可能性を減らすことができるのではないだろうか。

 

壁には壁の、たいせつな役割がある。

無条件に壁をなくして、自らを外界に対して無防備に開け放つことは、

邪悪に道をひらくことにもなると思う。