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男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

矛盾の、その前。

このブログで、自分はしばしば、

世界のはじまりには矛盾という名の女性がいた、と述べている。

はじまりに矛盾があった。

その矛盾が、理を産んだ。

矛盾と、その理が、まじわった。

2番目の子供である、生がうまれた。

こんな順番で世界は生成した、と、このブログの主は、

勝手に考えている。

本当かどうかは、わからない。

 

順序でいうと、

矛盾→理→生。

そして、このそれぞれは、人間の体の各箇所に対応している。

矛盾は髪の毛。理は頭脳(頭部)。生は生殖器(胴体)。

矛盾→理→生という世界生成の順番と同じように、

人間の体も、上から順に、髪の毛→頭→胴体の順でならんでいるよね。

下から逆に上に向かって見ていくと、胴体→頭→髪の毛。

ああ、矛盾は世界のはじまりだから、矛盾をあらわす髪の毛も、

いちばん高いところにあるんだね、と思うひとも、いるかもしれない。

 

でも、ほんとうに、いちばん高いところだろうか。

人間の体でいえば、たしかに髪の毛は、いちばん高いところだ。

が、その上がある。

頭のさらに上には、空間がひろがっている。

手を伸ばしたり、移動したりすることのできる、空間がひろがっている。

この空間は、一見したところ、なにもないように見える。

 

では、この空間は、なにもないという意味での、無、なのだろうか。

たぶん、それはちがう。

この空間は、空気でみたされている。

空気は80%が窒素、20%が酸素という組成になっているといわれていて、

窒素も酸素も、物質だ。

つまり、この頭上にひろがる空間は、

一見したところ無のようにみえるが、無とはわずかに違うもの、

ということになりそうだ。

完全な無のようにみえて、無とは異なるもの。

それを、とても小さいが、なにかが存在する、という意味をこめて、

「寸」と名付けてみよう。

人間の頭上には、寸がひろがっている。

 

では、この寸で、行き止まりであろうか。

いや、まだ上がある。

この空間をさらに上に向かってすすんでいくと、やがて、

大気圏を抜ける。

成層圏だの、熱圏だの、電離層だの、詳しくないのでよくわかんないけど、

そういったもろもろのなにかを抜けて、

ついには、宇宙空間にいたる。

この宇宙空間は、基本的には真空であるといわれている。

ここに至ってはじめて、無があらわれてくる。

なにもない、という意味での無だ。

 

つまり、人間の足元から順番に上のほうに向かって見ていくと、

胴体→頭→髪の毛→大気圏などの空間→真空を基調とする宇宙空間、

という順番でならんでいる。

抽象的な原理になおして考えると、

生→理→矛盾→寸→無、という順番になる。

これを上から逆にみていくと、

無→寸→矛盾→理→生という順番になる。

 

つまり、はじまりは矛盾だよ、って言ってきたけれど、

その矛盾よりさらに前に、無→寸っていうプロセスがあるんじゃないかな。

そして、矛盾→理→生のプロセスにおいては、

矛盾が理を産み、その理と矛盾が交合し、あらたに生がうまれる、

と考えてきた。

この、AがBを産み、そのBとAが交合し、あらたにCがうまれる、

という生成プロセスは、

矛盾以前にも、もしかしたら、適用されるんじゃないか。

つまり、

無がそもそもの根本のはじまりにあって、

その無が寸をうむ。

うまれた寸は無と交合し、あらたに矛盾がうまれる、という具合だ。

 

整理すると、以下のようになる。

そもそものはじまりに、無があった。

その無は、寸をうんだ。

うまれた寸と、寸をうんだ無がまじわった。

すると、矛盾がうまれた。

矛盾は、理をうんだ。

うまれた理と、理をうんだ矛盾がまじわった。

すると、生がうまれた。

こんな感じだ。

 

ここで、生のつぎには死がくることを考え合わせれば、

無→寸→矛盾→理→生→死、という感じになるのではないだろうか。

この流れを2系統に分割すると、

無、矛盾、生が女性原理系統、

寸、理、死が男性原理系統、

そんなふうに分かれると、個人的には考えている。

 

矛盾というのは世界のはじまりと言ってきたが、

こうしてみてみると、

無と寸がまじわった形態であることがわかった。

べつのブログ記事で、

存在の根本をなす原子というのは、陽子と中性子のまわりを

電子が周回しているが、それは、

母である矛盾のまわりを、はるかかなたから帰ってきた子供である

理が周回している姿なのではないか、ということを示唆した。

ということは、陽子と中性子からなる原子核が、矛盾ということになる。

そして、矛盾をあらわす原子核がなぜ、陽子と中性子という2つのもの

から成るのかといえば、

それは、矛盾というものがそもそも、

無と寸という2つのものから成っているからなのではないか。

こんな、とりとめもないことを考えるのが、自分は好きだ。