読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

夫婦の役割分担ー家事、育児、仕事。

夫婦の役割分担を考える際にたいせつなのは、

公平の原理にもとづいているかどうか、

公平の観念にのっとっているかどうか、ということだ。

 

夫婦が共働きをしているのに、家事や育児は奥さんにすべて

丸投げ、というのは、基本的にはおかしいことだろう。

他方で、奥さんが専業主婦なのに、

家事や育児だけははんぶんこにする、というのも、

やはり、おかしいことだろう。

分担するのであれば、すべてについて分担しなければいけない。

仕事は度外視して、家事や育児だけ分担するのは、おかしな話だ。

外で働いて稼いでくる仕事を分担し、

家事を分担し、育児を分担する。それが基本だ。

 

具体的には、家事や育児、仕事、それぞれの分野における貢献度

を考えて、

役割を分担していく必要がある。

たとえば、外で働いて得られる収入が、

旦那さんが500万円、奥さんが100万円の、

共働き世帯があるとしよう。

この場合、家計に対する貢献度は、

旦那さん:奥さん=5:1である。

であるならば、この事情を家事や育児の分担に反映させて、

家事や育児の分担に関しては、

奥さん:旦那さん=5:1の比率で分担するのが、

公平、公正の原理にかなう。

とはいうものの、

外で働いた場合にいくら収入がもらえるか、ということは、

その仕事のしんどさとかならずしも比例しない。

とてもつらい仕事、たとえば、介護のような仕事でも、

収入は少ないなんてことはよくあるものだ。

そういうことを考えれば、

旦那さんと奥さんが、いくら収入を稼いできているのか、

という、その金額を唯一の基準として貢献度をはかるばかりでは

なく、

労働時間を基準とすることも考えられていいかもしれない。

たとえば、

旦那さんは外で働いて500万円の収入を、

奥さんは外で働いて100万円の収入を得ているとしよう。

ここまでは、先ほどの事例と同様である。

金額を基準として貢献度を測定するならば、

旦那さん:奥さん=5:1となる。

ただ、この場合に、2人の外での労働時間が、

旦那さん:奥さん=9時間:5時間

であるとしよう。

そうすれば、労働時間を基準として貢献度を測定すれば、

旦那さん:奥さん=9:5となって、

さきほどの金額を基準として貢献度を測定した場合にくらべて、

その差は縮まる。

実際のところ、たとえば旦那さんが株式投資かなんかやっていて、

1日4時間ほどの労働で1000万円を稼ぐのに、

奥さんは外で介護の仕事をしていて、

1日9時間働いて240万円しか稼げない、といったような場合

だと、

金額を基準として貢献度を測定した場合、

奥さんは常に不利な立場に立たされることになる。

その仕事をすることで、どれだけつらいか、ということでいえば、

奥さんのほうがつらいだろう。

逆に、どちらのほうが時間的余裕があって、

手があいているか、といえば、

旦那さんのほうがひまだろう。

であるならば、比較的、時間的にも精神的にも余裕がある

旦那さんのほうが、

金銭的には家計への貢献度が高いとはいっても、

家事、育児に関してもその余裕の範囲内で貢献度を高めるならば、

結果的には、家庭はうまくまわる可能性がある。

 

結局のところ、仕事、家事、育児の分担に関しては、

肉体的、精神的、時間的に、

つらい思いをするような立場が、

夫婦の片方だけに過重にのしかかるというのは、

公平、公正に反するのかもしれない。

夫だけがつらい思いをすることも、

妻だけがつらい思いをすることも、どちらもよくない、

ということだ。

そして、それぞれがどの程度つらい思いをしているか、

どのくらいの貢献度、負担があるかの測定に関しては、

理をもって、客観的におこなう必要がある。

さらには、家庭においては、妊娠、出産という、

女性だけに一方的にかかる負担がある。

負担や貢献の公平、公正な分担の決定にあたっては、

このことをも考慮にいれる必要がある。