男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

女性専用車両は男性差別である。速やかに撤廃すべき。

女性専用車両は、あきらかな男性差別である。

早急に撤廃すべきものだろう。

 

戦後の長い期間にわたって、女性専用車両などというものは、

存在しなかった。

女性専用車両なるものが登場してきたのは、

2000年代になってからのことである。

つまり、それだけの長い期間、女性専用車両などというものがなくても、

社会はうまくまわっていたのである。

 

女性専用車両が導入された経緯には、ある政党が深くかかわって

いるという。

いわば、その特定の政党のごり押しで成立したようなものであり、

ひろく国民一般の同意、納得の上に成立したものであるかどうかは、

いささか疑わしいといわざるをえない。

 

国民には男性も女性もいる。

女性だけが納得したからといって、それは、国民が納得した

ことにはならない。言うまでもないことである。

女性専用車両についてアンケートをとる場合があるが、それも、

女性だけにアンケートをとっても、なんら意味のないことである。

女性が納得すれば、男性も含めた社会はその女性の意見に

したがわねばならない、などという、

奇怪な考えでもなければね。

 

女性専用車両に男性が乗車しないことはマナーだ、

などという頭のおかしなやつがいるが、

女性専用車両に男性が乗車しないことは、マナーでもなんでもない。

というのも、その成立そのものが、ひろく国民の同意がえられた

ものであるとは、言い難いからだ。

 

戦後の長期間にわたって女性専用車両などなくやってきたのに、

あえてそういう車両を導入するからには、

それなりの納得のいく説明が必要だ。

端的に言えば、

戦後の長期間にわたっては存在しなかったような、

あらたな事態が発生してきた、というような事情が必要なのである。

たとえば、最近になって、複数の男性が1人の女性を取り囲んで

痴漢をはたらく集団痴漢のような現象が頻発するようになってきた、

とかね。

そういった事情がなんらないにもかかわらず、

これは決まったことだ、マナーなんだから従え、では、

少なくない男性が反発をおぼえ、社会のあちこちで無用の衝突が

発生したとしても、しかたのないことだろう。

そもそも、女性専用車両の正当性が疑わしいのだから。

 

女性専用車両は、一律に男性を排除するものだ。

痴漢をするのは、男性のごく一部である。

しかし、排除されるのは、男性全員だ。

刑法というのは、個人責任を原則としていて、江戸時代の連座制

のような連帯責任は、これを認めていない。

ところが、女性専用車両でおこなわれていることは、

この連帯責任を男性に強要するものなのだ。

痴漢をするのは男性でしょ、ということは男性が悪いの、

だから、男性全体で連帯して責任をとってよね、ということなのだ。

これのどこに正当性があるのだろうか。

 

また、女性専用車両にかんしてアンケートをとったなかで、

女性の回答のなかには、

男性と密着しなくてすむからいい、というものがある。

女性専用車両の目的は、痴漢を排除することだ。

そして、女性専用車両などなかったときのことを思い浮かべて

もらえばわかるように、

混雑によって女性と密着してはいるが、痴漢などなんらはたらいていない、

という状態は存在するのである。

ところが女性専用車両は、男性と一般的に密着しなくて済む、

という便益を女性にあたえるものになっている。

痴漢を排除するだけならわかるが、男性と一般的に密着しなくてすむ

という過剰な便益まで女性にあたえることの、

どこに正当性があるのか。

 

ようするに、男性が不快だから排除したい、ということではないか。

普段からそういう態度をとっているのに、

男性が結婚のときだけ積極的に女性に近づく、などとは、

期待しないほうがいいぞ。

女性というのは、女性が有利になるような制度をつくれば、

それで社会は女性を重んじるようになる、などと無邪気に信じている

ところがある。

はたしてそうだろうか。

人の心を無視したような制度は、思わぬ結果を生むものだ。

女性に対する反感を生むような制度を存置すれば、

男性のあいだに自然と女性に対する静かな憎しみがひろがっていくだろう。

女なんかとは関わるものか、という気持ちを固めた男性がいたとしても、

その男性は、アンケートなどには、

収入が少ないから結婚できません、などと答えるかもしれない。

ほんとうの気持ちは、表面にはあらわれてこない。

ただ、深く静かに、社会にひろがっていくだけだ。

 

女性専用車両から男性を強制的に排除することは、

憲法上も法律上も、認められることではない。

したがって、鉄道会社は、女性「専用」車両などというネーミング

にするのは、本来、誤解をうむだけの誤ったものだ。

せいぜい、女性「優先」車両とすべきものだろう。

 

女性専用車両は、男性も乗車できるものだ。

憲法上も法律上も、男性が乗車することを排除できない、

というと、

でも女性専用車両に男性が乗車しないというのはマナーだから、

というやつがいる。

しかし、さきに述べたように、そんなマナーは存在しない。

 

女性専用車両に男性が乗っても、問題はないのだ。

これが原則である。

したがって、女性専用車両に男性が乗っているのを見ても、

ふつうに流せばいいだけのことである。

ところが、奇怪な駅員が「お声かけ」をし、奇怪な女性乗客が

ちょっかいをだす。

すると、そこでいざこざがおき、ときには電車が遅延したりするのだ。

 

トラブルを発生させたり、電車を遅延させたりしているのは、だれか。

言うまでもない。

「お声かけ」をする駅員と、ちょっかいをだす女性乗客だ。

かれらがなにもせず、男性乗客の妨害をしなければ、

トラブルや電車の遅延は、発生しようがない。

 

男性が女性専用車両に乗車するのは、

間違って乗ってしまった、などと表現されるべきものではない。

男性が女性専用車両に乗車することは、

なにも間違っていない、普通のことだからだ。

男性が女性専用車両から地蔵化して降りない、というのも、

おかしな表現だ。

そういうことを言うなら、女性専用車両には、

女の地蔵もいっぱい座っているだろうが。

女性専用車両にわざわざ乗る男性、という表現も、異様な表現だ。

学校にわざわざ行く生徒、なんて言うだろうか。言わないだろう。

女性専用車両に男性が乗ることはいけない、という、

誤った認識をもっているから、そういう奇怪な表現をして

恥とも思わないのだろう。

女性専用車両にうっかり乗ってしまった男性、という表現も、

糺したほうがいい。

うっかりもくそもあるか。普通に乗るだけである。

 

女性専用車両に関して少なくないトラブルが発生するのは、

女性専用車両というのが、そもそも間違った車両だからだ。

社会に無用の分断と対立をうむ女性専用車両は、

すみやかに撤廃したほうがいい。

これを撤廃しないかぎり、日本国と日本社会には、

自然災害をもふくめた不幸が降り注ぐことになるだろう。