男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

【幸運】おちんちんと、おまんこ。

ヤフーの検索設定。

 

「おちんちん」で検索するとふつうに検索できるのに、

「おまんこ」で検索すると、

セーフサーチが中になっているのでアダルトコンテンツを制限しています、

との表示が。

 

おいおい。

おちんちんは男性の生殖器。おまんこは女性の生殖器

女性の生殖器は男性の生殖器とちがって、

検索においてもなにか特別な取り扱いを必要とするのかい?

 

こういう意味不明な差別的取り扱いは、

やめたほうがいいと思うよ。

 

テレビでも、おちんちんと言うのはOKだけど、

おまんこと言うのは放送禁止用語にひっかかるらしいよね。

なんでなんだろう。

芸能人とかが、たまに、ちんこ、とか、ちんぽ、とか、

放送中に言うことがあって、

それが笑いになったり、いかにも際どいことを言うのに躊躇しないヤツ、

みたいな感じになったりするけれど、

自分はぜんぜん笑えないし、すごいヤツとも思わないわ。

だってヤツら、おまんこって言わないじゃん。

おまんこって言えたら、すごいヤツだと思うよ。

 

おまんこなんて言葉を軽々しく口にするやつは、

道徳的ではない、でたらめな人間なんだろうか。

自分は、そうは思わないな。

将棋のタイトルを何期も獲得した故米長邦雄さんの本の中には、

囲碁の故藤沢秀行さんの話がときどきでてくる。

そのなかで藤沢秀行さんは、たまに、おまんこー、

と叫ぶことがあった、と書かれている。

 

この世界は不思議なもので、孔子のような品行方正な人物が説く

理想のありかたばかりではなく、

老子のようなよくわからない人物が説く不可思議な世界のなかにも、

この世界の真実がかくされていたりする。

 

地面というのは、ご存知のように、平らだ。

でも、この直線的で平らなものを、どこまでものばしていくと、

やがて、地球という名の巨大な球がうまれる。

こんなふうに考えてみてはいかがかな。

ここに、ひとつの直線を思い描く。

その直線の左の端には悪を、右の端には善を配する。

直線がのびればのびるほど、善はより善に、悪はより悪になっていく。

この直線をかぎりなくのばしていくと、

やがて、たいらな地面が地球という球へと変化したように、

のびた直線が壮大な円環を描くようになる。

すると、本来は直線の両端だったところが、円弧の端と端になり、

直線がのびればのびるほど、だんだんに近づいていくのだ。

 

だから自分は思う。

善がより善になり、ついには善の極みのようになったそれは、

たぶん、一見したところ、とても悪に似たなにかになっているだろう。

他方で、悪がより悪になり、ついには悪の極みのようになったそれは、

たぶん、一見したところ、とても善に似たなにかになっているだろう、と。

 

だからこそ、表面的にはでたらめなように見えるなにかは、

かならずしもでたらめとはかぎらないんだ。

その違いを違いとして認めることができなければ、

結局は、ひとびとが泣くことになる。

 

おちんちんはおちんちんで、おまんこはおまんこで、いいじゃない。