男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

脳の大きさと、男女差。

今朝のヤフーニュースで、

人間が大型の脳を獲得することができたのは、

果物やおやつといったものを摂取していたからだ、という研究が紹介

されていた。

 

この研究の背後には、おそらく、

人間は大型の脳をもっているからこそ、あれだけ高い知能を

もつことができているのだ、という前提があるように思う。

 

脳の大きさと知能を関連付けて考える例は、ほかにもある。

中学や高校の歴史の教科書や資料集、図説には、

その最初のほうのページで、人類の進化の歴史が紹介される

ことがある。

そのときによく見られる図が、猿人→原人→旧人→新人と

人類が進化していくにしたがって、

イラストでは、猫背で猿のような生き物だったものが、

だんだんと直立二足歩行にかわり、同時に、

脳容積がだんだんとおおきくなっていった、とするものだ。

ここでも、脳容積の拡大を人類の進化と関連付けて説明していることから、

脳容積が大きいほうが知能が高い、

と考えているだろうということがわかる。

 

しかし、脳容積が大きいほうが知能が高い、と考えるならば、

一般的に、男性のほうが女性よりも知能が高い、

という結論が導かれることになる。

なぜなら、一般的に人間の脳容積は、男性のほうが女性よりも

大きいからだ。

 

そこで、この結論が不当だと考えるやつらは、

脳の大きさと知能の高さのあいだには、なんの関連もない、

と言い出した。

脳の大きさと知能の高さのあいだになんの関連もないのならば、

男性のほうが脳が大きいからといって、男性のほうが知能が高い

ことにはならないからだ。

 

よろしい。そうであるとしよう。

ただ、そうであるならば、男女の脳の大きさを比べるときばかりでなく、

そのほかの場合でも一貫して、

脳の大きさと知能の高さには関連がない、と主張しなければならないよ。

つまり、脳の大きさと知能の高さには関連がないのであるのならば、

今朝のヤフーニュースでみたような、

大型の脳を人間が持っているからといって人間が賢いことにはならないし、

歴史の教科書、資料集、図説で、

人類の脳容積の拡大と人類の進化を関連付けて説明するのは、

「誤り」だということになる。

 

ようするに、

都合のいいときだけ、

脳容積と知能のあいだには関連がない、といい、

都合のいいときだけ、

脳容積と知能のあいだには関連がある、というような、

いいとこ取りはできない、ということだ。

そんなもの、いいとこ取りですらない。ただの矛盾だ。

 

自分はどちらが正しいのかと言えば、

脳容積と知能のあいだには、関連がある、というほうが正しい

と思う。

おそらく、脳容積が男性よりも小さい女性は、

その知能において、男性に劣るのだ。

たとえば、IQを測定するインターネットのサイトに、

力脳というサイトがあるが、

そのサイトは、測定結果について男女別の結果を公表している。

その結果は、男性のIQ102に対して、女性のIQ96というものだった。

また、一般的に将棋や囲碁、チェスといった頭脳ゲームでは、

総じて女性のほうが弱い。

さらには、自然科学部門におけるノーベル賞受賞者数も、

圧倒的に男性のほうがおおい。

 

ところが、である。

この世の中には、女性のほうが知能が劣る、というと、

ヒステリックに反発するひとたちがいるのだ。

欧米のどこかの大学の教授だったかが、そういった趣旨の発言を

すると、猛反発をくらって撤回させられていた事件があった。

 

真理というものは、そういうものではないだろう。

はじめに自分の思い描いたような、こうあるべき、という考え方

が先にあって、それに適合しないような事実はすべて排除していく

なら、真理なんか、絶対に見つからんわな。

なんで、女性の知能は男性に劣るはずがない、という結論先に

ありきなんだ?

いろんなデータが、女性の知能が男性に劣る可能性を示唆しているのに、

なぜ、その事実から目をそむける?