男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

なぜ、おっぱいは2つなのか? 1

人間のおっぱいは、なぜ、2つなんだろう。

こんな疑問をもつひとが、ときどき、いる。

ネット上の質問サイト、たとえば、知恵袋といったようなところにも、

こういった疑問がよせられる。

 

これに対する回答はさまざまだ。

たいていは、生物学的な知見から、他の生き物のこととかもふくめて、

回答がなされている。

たまに、

1つは赤ちゃんのため、もう1つは旦那のため、

なんていう回答があったりして笑える。

 

例によって、自分はこの疑問についても、

いちから自分の頭で考えてみようと思った。

 

おっぱいというのは、なにをするためのものだろう。

それは、赤ちゃん、つまり、自分の子供を育てるためのものだ。

それが、2つある。

ということは、子供が二人いる、ということなのだろうか。

 

しかし、この考えは、障壁にぶつかる。

現実のこの世界に存在する、実際の女性たちは、

その子供が2人とはかぎらないからだ。

ある女性は、子供がいないかもしれない。

ある女性は、子供が1人かもしれない。

ある女性は、子供が2人かもしれない。

ある女性は、子供が3人かもしれない。

女性によって子供の数は異なり、かならず2人であるとは、いえない。

 

だとすれば、おっぱいが2つであるというのは、

子供の数が2人である、ということとは、関係がないのだろう。

 

 

ふつうは、こう考える。

しかし、ひねくれ者の自分は、違う風に考えてみた。

 

おっぱいが2つであることの背景にある、2人いる子供というのは、

実際の子供ではないのではないだろうか。

ここでいう、お母さんというのも、この世界に存在する現実の、

生身の1人1人のお母さんでは、ないのではないだろうか。

 

じゃあ、いったい、なんなのだろう。

自分はこのように考えてみた。

 

このお母さんというのは、この世界のはじまりに存在したはじまりの母で、

それは、なんらかの原理をあらわしていて、

その2人の子供というのは、はじまりの母が生み出した2人の子供であり、

それぞれの子供もまた、それぞれがなんらかの原理をあらわしている、

と。

 

ではいったい、そのそれぞれの原理とは、なんなのだろう。

 

ここで、人間の体の姿かたちを、もういちど思い浮かべてみる。

すると、人間のからだには、あちこちに毛が生えているが、なかでも、

頭部と陰部には、集中してたくさんの毛が生えていることに気づく。

 

小さい子供のころ、どうしてあたまにはたくさん髪の毛が生えているの、

と疑問に思い、おとなに質問したひともいるかもしれない。

それに対するおとなの答えは、たいてい、

たいせつなところは毛が守っているのよ、

みたいな感じだったかもしれない。

 

それでいえば、たしかに、頭部も陰部も、大切なところではある。

しかし、人間の体のなかで、傷つけられては困る大切な部分というのは、

頭部と陰部に限った話ではない。

心臓は大切な部分だが、大人の男性に胸毛がはえていることを別にすれば、

とくに毛でおおわれているわけではない。

首には頸動脈が走っていて出血すれば一大事だが、

首の周りをぐるっと毛でおおっているわけでもない。

また、陰部というのが「大切な場所」であるならば、

そこが「大切な場所」であることじたいは、幼少のころからかわりなく

そうであるはずなのだが、

毛によっておおわれてくるのは、思春期以降である。

とするならば、

頭部と陰部にとくに集中して毛がはえているのは、

そこが大切な場所であるから、というのではなく、

もっとべつな理由があるからではないか。

自分はそう考えた。

 

じゃあ、その理由とはなんだろう。

 

さっき、はじまりのお母さんが2人の子供を産んで、

みたいなことを書いた。

お母さんにとって自分の子供というのは、とても大切な存在なんじゃない

だろうか。

もちろん、新聞やテレビのニュースとかをみていると、

幼児虐待だとか、ネグレクトだとかいった事件が報道されることはある。

しかし、動物でいえば、卵がかえるまであたためたり、

自分の乳をのませたり、人間でいえば、あたたかい布団でくるんで

あげたり、おむつをかえてあげたり、病気になったら看病してあげたり、

そういったことはもちろん父親もしなければならない育児ではある

けれども、そこに母親の愛情もみてとれるのではないだろうか。

 

そこで自分は考えた。

人間の体の中で頭部と陰部がとくに毛でもって保護されているのは、

そこに、

この世界のはじまりの母親がうんだ2人の子供がいるから、

その2人の子供を守るために、

とくに毛でつつみこんで保護しているのではないか、と。