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男性差別、ときどき、世界への反逆。

この世界についての非主流的な意見と、男性差別についての考えをすこし。

CMがうざい

世の中

CMがうざい。広告がうざい。

最近は、テレビにも、Youtubeなどの動画を見る際にも、

果ては、ヤフーの知恵袋を見る際にも、

とにかくCMや広告が氾濫している。

 

CMがうざい、という検索ワードで検索してみると、

うざいCM、とか、不快なCM、とかいったサイトがヒットしてくる。

うざいCM、不快なCMとかいった言葉が含意しているのは、

CMのなかにはうざいCMとか不快なCMとかもあるけど、

べつにうざくもなく不快でもないCMもあるよね、ということだ。

 

だが、自分はそうではない。

CMを、うざいCMとうざくないCMに分けて前者のみを批判している、

のではなく、

CMは、どんなCMであれ、CMが存在するということそれ自体が

うざい、と考えている。

 

最近は、ありとあらゆるところに、可能な限りCMをしのびこませよう

とする策動があふれている。

テレビ番組でも、一見ふつうのゴールデンタイムの番組にみえて、

じつは、某レストランチェーンのメニューをランキング形式で紹介

していたりする。

役所や病院で順番待ちをしているとき、自分の番号がきたことを

表示する画面に、ときどき、地元の企業の広告がはいっていたりする。

ネット上のサイトでも、広告が画面の大半に展開されていて、

肝心のコンテンツが見えにくくなっていたりする。

ふつうの日常をつづっているかのようなブログに見えて、

文章の最後のほうで商品紹介をしている。

もう、うんざりだ。

 

そういうCMや広告は、なにがむかつくって、

CMや広告を表示させている側には広告料がはいってくるのに、

ただCMや広告を見せられている我々の側には、

1円もお金が入ってこないことだ。

CMや広告があることで生じる我々の不快感などおかまいなしに、

ただ、広告料目当てにCMや広告を表示させている、ということだ。

つまり、目線が自分の利益にしか向いていないのである。

 

そういうCMや広告は、できることなら、視界からはずしたい。

かつて、CMを消去してくれる録画機などもあったようだが、

いまはないのだろう。

せいぜい、できることといえば、

番組は録画して観るようにしてCMがきたら早送りする、

Youtubeがはじまる直前にCMを見せられそうになったら、

ミュートにして目をそらす、

ヤフー知恵袋などネット上のサイトで無理やり広告を視界に入れられそうに

なったら、あらかじめ画用紙などを切って用意しておいて、

それをデスクトップ上に物理的にかぶせて広告を視界からはずす、

といったところか。