この世界の不思議

この世界のいろんなことについて、思ったことを書いていきます。

【西洋占星術】結婚生活をみるには?【ホロスコープ】

西洋占星術で結婚生活をうらなうには、どうすればいいのだろう。

その結婚生活が順調にいくのか、それとも、障害が多いのか。

どうやったら知ることができるだろう。

 

ひとつの方法としては、夫の生年月日時でだしたホロスコープと、

妻の生年月日時でだしたホロスコープをつきあわせて、

相性をみきわめるというやり方がある。

 

ほかの簡易な方法としては、ずばり、

2人が結婚式をとりおこなった、その日と時間で、

ホロスコープをだしてみる、という方法がある。

結婚式をとりおこなった年月日と時間でだしたホロスコープというのは、

2人の結婚生活にかんして、始源図の役割をはたすと考えられるからだ。

 

そのホロスコープにおいて、

全体的な傾向をあらわす1室には、どんな星がはいっているのか。

結婚相手をあらわす7室には、どんな星がはいっているのか。

家庭運をあらわす4室には、どんな星がはいっているのか。

ソフトアスペクトが多いのか、それとも、ハードアスペクトが多いのか。

そのホロスコープの太陽を、1日1年法で進行させたときに、

数年後に、どのような問題が発生してきそうか。

 

そういったことを、みていくのだ。

松乃家の、から玉丼。

松乃家の、から玉丼を食べた。

 

いままで、松乃家では、からあげ定食をたのむことが多かった。

一度、メインのとんかつを使ったかつ丼をたのんだことがあったのだが、

どういうわけか、ころもがパサパサしていたためか、

口の中の皮がめくれてしまったのだ。

 

それ以降、松乃家では、からあげ定食をたのむようになった。

からあげでは、口の中の皮がめくれたりは、しなかった。

 

からあげ定食は、600円だ。

最近、松乃家のホームページを見ていて、から玉丼というのがあるのを知った。

 

から玉丼は、からあげを卵でとじた丼で、480円だという。

からあげ定食より安い。

これは、からあげ定食の代替になるのではないか、と期待して、たのんでみた。

 

結果。

まあまあ、おいしかった。

とろとろの卵でとじてある部分は、とくにいい。

 

が、からあげの数が若干、少ないように感じた。

 

からあげ定食だと、大きめのからあげが4つ、ついてくる。

から玉丼のからあげは、切ってあって、若干、小さくて、

全部合わせてもからあげ2、3個にしかならないんじゃないだろうか。

 

でもまあ、それなりにうまい。

 

【矛盾】盾と矛、どちらが勝つのだろう?ーその1。

つじつまがあわないこと、道理にあわないことをさして、

矛盾、という。

 

この矛盾という言葉は、中国の故事からきている。

話の概要は、以下のようになる。

 

昔、楚の国の人で、盾と矛を売る人がいた。

そのひとが、盾をさして言うのには、

「この盾はとても頑丈だから、どんな矛でも、これを突き通すことはできない」

と言う。

いっぽうで、矛をさして言うのには、

「この矛はとても鋭いから、この矛で突き通せない盾なんかない」

と言う。

それを聞いていた見物人のひとりが、

「では、その矛でその盾を突いたら、いったい、どうなるのだ?」

と聞いたところ、その商人は、答えることができなくなってしまった、という。

 

この話は、中国の古典である「韓非子」の「難」という編にでてくる話だ。

であるから、この話は、韓非のまったくの創作である、

というように考えることもできる。

 

ただ、まったくなにもないところから、このような話をいちから作り上げた、

というよりかは、自分は、

もともと民間の寓話、口伝として伝承されていた内容をもとにしたのではないか、

という気がする。

 

この、矛盾の故事になった話は、とてもシンプルで短い。

韓非子という古典作品のなかには、ほかにもたくさんの内容がふくまれているのに、

この「矛盾」の故事だけは、現代にいたるまで、つとに有名だ。

 

自分は、なんらかの文学作品や芸術作品、神話や伝説、伝承、故事成語

といったものが、

長い時の試練にも耐えて現代まで色あせることなく伝わっているとすれば、

それは、そのなかに、なんらかの、一見したところでは分からないような、

この世界の真理のようなものがひそんでいるからではないか、

と勝手に考えている。

 

矛盾の故事は、おそらく、韓非がその著作の中に採録する以前から、

中国古代の民衆の間では、知られた話だったのではないか。

 

 

では、この盾と矛、もし、このような盾と矛の戦いが、実際にあったとしたら、

果たして、勝つのはどちらなのだろう。

ブログのアクセス数と、メダルゲームのメダル。

ブログを純粋な趣味でやっていると、

ブログのアクセス数が増えても、収入には結びつかない。

 

そんなブログのアクセス数は、

ゲーセンのメダルゲームのメダルに似ている。

 

スロット店のメダルゲームであれば、

メダルはお金につながる。

 

が、ゲーセンのメダルゲームは、そうではない。

ゲーセンのメダルゲームでメダルが増えても、

実際の収入とは全然関係がない。

 

そういう意味で、趣味でやっているブログのアクセス数が増える喜びは、

ゲーセンのメダルゲームでメダルが増える喜びに似ている。

寿命1年を1000万円で買い取ってもらえるなら。

こんなことを考えることがある。

自分の寿命1年分を、1000万円のお金で買い取ってくれるサービスがあったなら、

自分ははたして、どれくらい売却するだろうか、と。

 

これは、そのときの自分の年齢によって、そして、

残された寿命によって、おおきくかわってくるかもしれない。

 

自分がいま20代の若さで、残された寿命がわずか5年だったとする。

もしそうなら、自分はたぶん、寿命をまったく売却しないだろう。

残された時間を精一杯、生きることだろうと思う。

 

自分がいま何歳であるかにかかわらず、

自分が100歳まで生きることがわかっているなら、

90歳から100歳までの10年間の寿命を売却して、1億円を手に入れる

かもしれない。

というのも、90歳から100歳までの間なんて、

どうせよぼよぼで、生きていてもそれほど楽しくはないだろうから。

 

このように考えてくると、おかれた状況によって、

寿命の価値がずいぶんちがっていることがわかる。

 

20代で余命5年の人とかは、むしろ、

1年1000万円ほどであれば、寿命を買いたい側の人間であるかもしれない。

 

反対に、身寄りもなく孤独で、慢性病をかかえている老人などは、

1年100万円ほどであっても、残りの寿命を売り払って人生を清算したい、

と思うかもしれない。

 

ここに、寿命売買業者というのが存在したとする。

おそらくその業者は、安い値段で寿命を買い付けて、

高い値段でそれを売りつけることで利益をえるだろう。

 

学校卒業後ニート、ひきこもりの状態が長く続いていて、

人生に何の希望も持てず、

大量殺人事件でも引き起こして人生を終わらせよう、などと考えている

若者に近づいていって、寿命売買業者は、こうささやくのである。

「あなたの寿命を1年50万円で買い取りますよ?」と。

 

その若者が短絡的であれば、残りの寿命を全部売り払うだろう。

そうすれば、寿命売買業者は、破格の値段で寿命を獲得できる。

若者は、そのお金を使って、きれいなネーチャンのいるお店で遊んだりできる。

そして、起こるはずだった大量殺人事件は、起こらない。

いいことづくめではないだろうか。

 

そして今度は、寿命売買業者は、高い値段ででもいいから寿命がほしい、

と思っているひとのところへ、その寿命を売りに行くのだ。

 

美貌も、名声も、家族も、学歴も、職業も、なにもかも恵まれている女性がいて、

ただ、病気のために、30代にもかかわらず余命があとわずかだとする。

その女性の夫は、とても裕福だ。

さらには、その女性は国民的な人気があるために、

その女性の命を救うためならば、多額の寄付金が集まるかもしれない、

という状況であったとする。

 

そういう女性のところへ、寿命売買業者は近づいて行って、こうささやくのだ。

「1年1億円で、寿命をお買い上げになりませんか?」と。

 

そうすれば、その女性は、10年分、20年分くらいなら、寿命を買うかもしれない。

そうすれば、自分に幼い子がいたとして、

その子が立派に成人するくらいまでは、見届けることができるかもしれない。

劉暁波氏、コール元首相の死去に思う。

中国の民主活動家、劉暁波氏が亡くなった。

先ごろには、ドイツのコール元首相も亡くなった。

 

劉暁波氏が民主化運動の前面に登場したのは、

1989年の、のちの天安門事件につながる、中国での民主化運動

のときのことだった。

 

コール元首相が歴史にその名を刻んだのは、ドイツ統一を実現したことによる。

そのドイツ統一は、

1989年に連鎖的に発生した東欧での民主化革命の流れのなかの、

そのひとつに位置づけられるベルリンの壁崩壊がきっかけになったものだ。

 

劉暁波氏と、コール元首相。

2人はいずれも、1989年の世界的な民主主義拡大のうねりとともに

登場し、

それから30年近くが経過した2017年の今年、あいついで亡くなった。

 

2人の死去は、1989年ごろから始まった、30年ほどにわたる、

「ある一つの時代」の終焉を示唆しているように思われてならない。

 

なにかの終焉があると、きまって「ひとつの時代が終わった」などとコメント

する輩が存在することは事実だが、

それでも、あとからふりかえったときに、その出来事が、

たしかに、一つの時代の終焉を象徴するかのような、

エポックメイキングな事象だったなあ、ということは、実際あるものだ。

 

今年は、将棋の藤井聡太四段が、30年ぶりに連勝記録を塗り替えた年でもある。

1990年前後からはじまった平成という時代も、

今上天皇生前退位とともに、あとすこしで終わりをむかえる。

また、その平成という時代とともに活躍を続けてきた国民的アイドルグループの

SMAPという団体も、

2017年の今年からは、もういない。

 

ここ30年ほどのあいだ続いてきた、あるひとつの時代の空気感というものは、

これから先、確実に変化していくことになるだろう、という予感がある。

世界史でみる、北東鬼門方位の脅威。

風水というのは中国が発祥だが、

日本にも方位学というのは存在する。

移動するときの方位や、家を建築する際の方位などを、

それでみるわけだ。

 

日本の方位学において、とくに恐れられている方位に、

北東の鬼門方位というのがある。

どうせただの迷信だろう、なんて思うかもしれないが、

世界史上の出来事をしらべてみると、

かならずしも、そうとは言い切れないのだ。

 

ある国からみてある国がどの方位にあるのか。

それを調べたければ、正距方位図法で描かれた地図が必要になる。

が、インターネット上のサイトを使えば、もっと簡便だ。

どこでも方位図法

たとえば、うえのようなサイト。

 

これで、いろんな国をみてみると、どんなことがわかるだろうか。

 

日本は太平洋戦争で米国と戦い、敗れ、はじめて他国に占領されることになった。

日本から見て米国は、北東鬼門方位にある。

 

アメリカの大地にはもともと、インディアンが住んでいた。

ところが、イギリスから移住してきたやつらによって、彼らは虐殺され、

住むところを追われた。

アメリカから見てイギリスは、北東鬼門方位にある。

 

イギリスにはもとともと、いろんな民族がいたが、

11世紀にノルマン人がノルマン朝という征服王朝をたてた。

ノルマン人はもともと、スカンジナビアバルト海周辺が原住地である。

イギリスから見て、スカンジナビアバルト海周辺は、

北東鬼門方位にあたる。

 

ヨーロッパにおいてフランスは、普仏戦争以降、

自力でドイツの侵略を跳ね返せていない。

フランスからみてドイツは、北東鬼門方位にある。

 

ドイツは第二次大戦でソ連に敗れ、とくにその首都であるベルリンは、

ソ連の統治下におかれた。

ドイツから見てソ連は、北東鬼門方位にある。

 

南米にはインカ帝国アステカ帝国が栄えていたが、

スペインからやってきたピサロやコルテスといった侵略者によって滅ぼされた。

インカ帝国などがあった地域から見てスペインは、

北東鬼門方位にある。

 

中国ではいまなお、南京大虐殺でおおくの犠牲がでたことに関して

日本を非難しているが、

南京のある場所から見て日本は、北東鬼門方位にある。

 

などなど。

 

北東にいるやつらは、自分に害をなしてくる可能性がある。

 

ちなみに、日本の中心と言えば、言わずと知れた首都東京である。

東京都民に電力を供給するのは東京電力だが、

その東京電力の本社があるのも、首都東京だ。

日本と、東京電力に大打撃をあたえた惨事と言えば、

東日本大震災と、それにつづく福島第一原発事故だが、

その福島第一原発は、首都東京から見て、北東鬼門方位にある。